2007年07月09日
ヴオジミェシュ・スタニェフスキの演劇について
何度もこのブログに書いたことだが、日本演出者協会主催で行われた六日間のヴオジミェシュ・スタニェフスキ氏のワークショップ・プログラムに参加して来た。その感想を交えつつ、氏の演劇について拙い考察を巡らせて見る。メモ的に。
どうでもいいが、英語では深い考察のことを reflection という。reflectってのは「反射する」とか「像を写す」って意味があるけれど、この記事でやっている「考察」は、スタニェフスキ氏の演劇そのものを考える、というよりも、スタニェフスキ氏の演劇を自分という鏡に跳ね返して生まれた自分独自の考え、という風に理解してもらいたい。なので、好き放題書くよ。
スタニェフスキ氏の紹介
スタニェフスキ氏は2007年現在も現役で活動を続けるポーランドの前衛演出家で、20年間のうちに数本しか作品を製作していないにも関わらず、その名声はもはや世界的なものであるそう。英語版WikipediaのPolish theatreのページに記述があるので勢いだけで訳してみるよ。
グロトフスキーの仕事はポーランド演劇に多大な影響を与えた。数年間の緊密な共同作業の後、最終的にグロトフスキーと袂を分かったヴオジミェシュ・スタニェフスキは、1977年に Lublin 近郊の小さな村で「ガルジェニッツェ演劇実践センター」を設立した。25年の時を経た現在、同センターは世界的な名声を勝ち得ており、「演劇生態学」として知られるスタニェフスキの演技論は20世紀演劇史における最も重要なものとして位置付けられている。
ガルジェニッツェの最も特徴的な点は、演劇を、数多の文化活動の中の一つとして捉えるその姿勢にある。ここでいう文化活動の中には…。
翻訳やめた。これは、何も知らない人が初見で読んでも意味がわからん。訳する意味がない。時間もかかるし。
俺なりの彼の演劇論理解
彼の興味の本質はどこにあるのだろう? 最近ギリシャ悲劇に強い興味を示しているが、それはヨーロッパ民族の文化的源流として一番良いモデルであるから。まだ57歳くらいの若い人だから、この先あれこれやるんだろう。
氏の興味の本質は、
- 身振り言語、形
- 音楽、歌
の二つにあるのだろう。
WS中にニーチェの『悲劇の誕生』について言及していたことが自分の理解を助けた。また、彼がしばしば口にした、心理主義的演劇に対する否定的な言質。いわく、「心理主義演劇は台詞と感情を混同している。極めて個人主義的で混沌としたものである」。また、「すべてが音楽だ。言葉の身体も。そのことに気づかなくてはならない」。
※『悲劇の誕生』の中でニーチェは、悲劇とはディオニュソス的なもの(混沌・陶酔)とアポロン的なもの(整った美)が激しく対立しあいながらないまぜになる、その中に生まれるもの、と書いた。と、俺の記憶には記されている。もっかい読みたいな。
彼は「動きは彫刻的でなければならない、台詞もまた彫刻的であるべきだ」とか言った。もうパッと聴いてさっぱり意味がわからない気がするが、ここまで読んで勘の鋭い人ならその繋がりがわかるはず。音楽と舞踊を多用している点も鑑みると、ディオニュソスとアポロンの対立と競演みたいなものはよくわかる。これ以上は論証したくないのでやめとく。
重要なのは、彼にとって「形」「身振り」とは、心理を引き出すためのステップではなく、それ自体が一つの理想であり表現なのであるということ。実際の上演ビデオを見ると、中世聖史劇を思わせるような演技スタイルと、土着的な・フォークロア的な音楽や舞踊、彫刻された身振りがないまぜになっており、現実のスケッチ・素描である心理主義演劇とは異なり、追求されたものとしての「形」「身振り」がそこにある。
ここからは俺用メモだが、普遍的な人間性を描くときに取り得る方法論は二つあって、極めて個人的なものを描くか、あるいは抽象化されたもの・理想化されたものを描くか、そのいずれもが成功すれば普遍的なもの、あるいは真実とか真理と言ってもいいんだが、に到達できる。スタニェフスキ氏がやろうとしているのは後者なのだろう。そのためにギリシャの彫刻や壷絵、戯曲といった抽象化・理想化されたものを題材にしているという感じがする。
もう一つ書き留めておきたいのが、土着的な文化への関心と、リズムと身振りへの関心。どちらもいろいろな捉え方ができるし、せいぜい六日ワークショップに参加しただけで何がわかるというわけでもないのだが、彼の演劇を語る上で重要。
個人的に「あ、なるほど」と思ったのは、リズムに合わせた旋回運動を基本としたエクササイズを説明するに当たって、どの文化圏・どの宗教においてもこの動き(旋回運動)は存在する、と語っていたところ。わかりやすいところでは、イスラム教の神秘主義なんかはグルグル回るし、バレエの基本ステップでもやはり旋回運動というのは基本的なもの。ビートの強いリズムを呼吸に合わせて歌いながら、ぐるぐるぐるぐる身体を回していると、ある種の恍惚状態に近い感じがしてくる。それってきっと、イスラム神秘主義の人が神を見ちゃったり、バレエダンサーがあり得ないような陶酔感や憑依的な表情・仕草を見せるのと繋がっている気がする。リズムと旋回によって引き起こされた一種のトランス状態。彼は「心理は最後に来るべきだ」と語っていたが、それってそういうトランス状態があってこそのものなのかも、と。ガルジェニッツェでやってるという「深夜のマラソン」と、アルトーが訪れた南米にあったひたすら走り続ける文化(名前忘れた)との共通性が『二十世紀俳優トレーニング』でも指摘されていたけど、まぁ単純な陶酔状態とかではないにせよ、リズムと身振りが演技者にシャーマン的なものとか神がかり的なもの・憑依的なオーラを出すことの間には関連があるように思う。
土着的なものへの興味というのも面白いよね。メイエルホリドがやろうとしたシアトリカリズムって何だったんだろうって今さらながらに思う。残念なことに、僕らは心理主義的リアリズム以外の演劇に関して極めて理解が浅い。なので正確な考察は不可能なのだが、明らかに、心理主義的リアリズムでは獲得し得ない演劇固有の表現・面白さがあるというのはわかる。その先はわからない。
* * *
うーん。本当にメモになってしまった。まぁ、論文書くわけではないのだし、いいか。
彼の演劇に興味がある人は、以下のリンクにある本とかウェブサイトを見るといいと思うよ。
- 二十世紀俳優トレーニング スタニェフスキを紹介した書籍としては日本語で手に入る唯一のもの。
- null スタニェフスキとアリソン・ホッジの共著。彼が自身の演劇について語ったものとしてはほぼ唯一の本。
- Centre for Theatre Practice "Gardzienice" 公式ウェブサイト。
- ミハイル・バフチン『フランソワ・ラブレーの作品と中世・ルネッサンスの民衆文化』 「最も影響を受けた」と語っていた書。
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