PLAYNOTE スタニェフスキWS記録No.2 配役

2007年06月27日

スタニェフスキWS記録No.2 配役

[演劇メモ] 2007/06/27 02:15

スタニェフスキWSの二日目。配役とかしたよ。西新宿・芸能花伝舎にて。

前半は前回の復習から。呼吸のリズムに合わせて動く、みたいな奴では、最初普通に始まったが(4拍待つ・4拍移動・4拍混沌・4拍移動…)、今日は「戻ったときイスに座る」、「戻るとき手で方向を示す」、最後は「イスを持ってやる」に発展。

最後のは、スタニェフスキ氏自ら「非常に危険なエクササイズ。十分注意して欲しい。が、舞台は戦場だ。恐れずにやれ」みたいな勢い。案の定、参加者の一人が天高く掲げたイスを蛍光灯にぶつけ、電気が落ちる、という事件が発生。氏は「気をつけろ!」と怒るどころか、何かもうニコニコしながら「今一つの incident があった。ここから何を見つけ出すか、演出家と俳優は考えねばならない。非常に面白かった」って調子。ちなみにイスを蛍光灯にぶつけたのは、当然俺だ。

向かい合う&背中を持たれ掛け合うエクササイズ。昨日のベースに加え、今日は手を使って何かやる。相手に触る、何かを示す、など。「聖書には、まず言葉があったと記されているが、違う。まず身振りがあった」という世界観(余談だが、グロトフスキーがその後進んだ記号論の世界では、「まず言葉があった」はある理由からtrueとされている、らしい。興味ある人調べてごらん)。ちょっとでも込み入った動作をすると「Not Good」の声が飛ぶ。文化的なものでなく、もっと原初的なものを。

続いて身体のアルファベットの復習。前回やったのに加え、「メネラオス」と「アキレウス」、「わかる」、「わからない」、「わたし」「あなた」「あなたの」等が加わる。もうちょっとした会話ができる。目で必ず確認するのが大事。あとは姿勢。背骨。東欧のイコン(聖像画)を解剖学的に肉を剥いでみると必ず十字架が残る。本当かよ、と思うが興味深い(芸術において「思い込み」は大事だ)。やはりポーズの正確さこそが命。やはりそこが興味深いし、面白い。

後半は配役。これもまた、長かった。話すの好きなんだなー。話すのが好き、というより、興味のあることがあると、食いつかずにいられないのか。子供のような目をした人。飽きると飽きてるのがすぐわかる。日本語の台本を一文ずつ読ませ、通訳さんがポーランド語に訳す。もちろんスタニェフスキ氏はポーランド語の戯曲を持ってるし、あと英語のテキストも手に入るんだろうけど、日本語訳と他国後訳ではディテールが随分違うので、確認せねばならぬそう。…んなもんクラス始まる前にやっとけよ、とも思うが、まぁじっくり聞いている殊勝な俺。

自分で演技を示してみたり、歌ってみたり、多彩かつ魅力的な人だなぁ。俺はアキレウスの役をもらったよ。台詞の量としては一番多いかも。ラッキー。初日から空回り寸前までアッピールし、今日は蛍光灯を殴った甲斐があった。「この台詞をどう解釈する」という問いに、「部下への義務や愛、あと怒り」と答えたら、「ベリ・インタラスティング。じゃあ明日までに日本人の『怒り』のプロトタイプを考えて来てくれ」と観念的かつハードル高い要求。うーむ。

* * *

今、スタニェフスキ氏WSにいて、二人の自分がそこにいる。身体を動かし、リズムを守り、息を吐き、歌うことを、子供のように楽しんでいる自分。そして、「ではこのエクササイズにはどんな意味・価値があるのか? これは何を目指しているのか? 他の理論家の演出論との比較、あるいは自己流の翻案は可能か」と思慮を巡らせている自分。後者の俺は、直感と当惑の板挟みみたいな感じ。前者の俺は、ほっといても楽しいだろうから別にどうでもいい。

明日にも続く。