PLAYNOTE ハイバイ『おねがい放課後』

2007年06月19日

ハイバイ『おねがい放課後』

[演劇レビュー] 2007/06/19 21:21

某所にレビュー記事を書く気満々で行った。いつもPLAYNOTEに書き散らかしているような感想と、本腰入れて書くレビューとでは、必要な熱量が段違いに違うのだが、ハイバイならイケるだろうと。が、必要な熱量を遥かに振り切ったところで心打たれてしまい、逆にレビューが書けんくなった。PLAYNOTEが二週間近く更新停止状態だったのはそのため。あああ。

一応レビュー用のドラフトは残っているのだが、Ctrl+Deleteしてしまったので、しゃあないからイチから「感想」を書くよ。

まず、どえらい面白かった。

不条理劇って一時期流行ったが、不条理ってもう古いよね、みたいなことを思った。『おねがい放課後』は、不条理が随所に溶け込んでいるように思うのだが、不条理を華麗にスルーして、不条理を尻に敷いたまま生きている人々が、それを当然のように生きている。そういう空気を感じた。

全体的にいい感じにいい加減なタッチで、すげぇなぁと思う。一年に三歳年をとる、という巨大な設定も、劇中でダイレクトに語られることはなく、何か当然みたいな感じで話が進んでいく。あまり本筋とは関係ないように思うディテールを延々と突き詰めていたり、「ハムレットを劇中劇に持ってくる」という劇評家が聞いたら舌なめずりに腕まくりして「さぁどう解釈してやろうか」と思うような趣向ですら、しれっとネタにしてしまい、気負って見ていたこちらが肩透かしを食うような。クールである。そもそも『おねがい放課後』ってタイトルが完全にスルー気味なのがすごい。自由。だが品質が低いということではないから良い。

役者が大変イイのでこちらの気が滅入る。劇作家がこれだけ面白いのに、さらにあれだ、役者まで良いってどういうことだ。ちょっとズルくないか。

しかつめらしく練り込まれたものではなく、素直にぽんぽんと岩井氏がこぼしていく点と点を辿るような戯曲であったと思うんだが、結果、岩井氏の放つ強烈なネクラさ・怨念めいたものを感じ、ビビる。「お、俺が感じているこの空虚さを、作品に描かねば…」という感じじゃなく、がりがりがりと書いていったら自然と作家の本性が透けて出たような。先ほど述べた不条理を尻の下に敷いている感じは、この辺に由来するんだろうかしら。

青年団界隈の芝居で最近とかく面白いと思ったのは、サンプルとここハイバイなんだが、平田オリザ氏がどんと居るだけで十分求心力のある青年団まわりに、こうも才能豊かな人間が集まっているのを見ると、何か次代の演劇は青年団を中心に発信されていくような予感さえある。でも、「青年団」って、ぶっちゃけ名前があんまり好きじゃないんだよなぁ。せっかく次代を担うだけの革新性と面白さを備えてるのに、名前が文学座とか俳優座と同じテイストって、何かな(関係者の方、笑って許して下さい)

照明が我らが松本大介御大で、舞台監督が田中翼様であったのにも驚いた。そういや三年か四年前に、騒動舎もこの二人と一緒にアゴラで『ハッスル!パーマンSHOW』という空前絶後面白いが大層うさんくさい芝居をかけたなぁ、その二人が今度は正統派に面白い芝居を支える主要スタッフに落ち着いているというのは歴史を感じるなぁ、理系とかもそのうちドンと出てくれると嬉しいなぁ、とか、あれこれ過去と未来に思いを馳せた。

ハイバイの『おねがい放課後』は、こないだ自分が参加した時間堂『ピンポン、のような』とCoRichの100万円を競う好敵手だったわけなのだが、観てみて「これはハイバイと時間堂の一騎打ちだな」と思ったら、別んとこがグランプリ持っていってて何だかがっくりした。CoRichは「もっとみんなに劇場を」みたいなスタンスでやってるとこだと認識してるのだが、その結論としてああいうウェルメイドを引っ張ってくるのはどうなんだ、と(そこんとこ、えんぺとは随分スタンスと基準が違う)。口当たりはいいかもしれないが、果たして「演劇ってやっぱり他のジャンルとは全然違う面白さがあるのね!」と思うだろうか。時間堂には「眼前に断固として存在している俳優」という演劇固有の面白さがあったし、ハイバイが見せたシュールレアリスムと不条理の溶け込んだ現実は、かなり cutting-edge(最先端の、新奇な、みたいな意味)であった。まぁ、他は見てないもんで、俺に発言権はないんだが。

何か長々と本筋と関係ない随想をちゃらちゃらと書いたが、とにかくハイバイは面白かったので、次も観たいと思います。