PLAYNOTE TPT『Angels in America』

2007年04月02日

TPT『Angels in America』

[演劇レビュー] 2007/04/02 02:36
フライヤー

あちこちで話題をさらいまくってる、TPTの超大作、再演。脚本はこの作品でピューリッツァー賞・トニー賞を受賞したトニー・クシュナー。演出は、三年前に本作を上演し読売演劇大賞三部門受賞という栄冠を勝ち取ったロバート・アラン・アッカーマン再び。上演時間七時間、休憩込みだと九時間かかるというスケール。観て来た。

一番最初に自分を襲った、そして一番最後まで自分を放さなかった感想は、すさまじい脚本であるな、ということ。アメリカの現代を切り取った作品であるにも関わらず、散文体で日常的な─リアルと言えば聞こえはいいがただ殺伐としているだけで演劇の台詞としては何とも貧相な類の─台詞に陥っていない。隠喩や象徴に富み、鋭さと暖かさが交互に顔を出し、段差とスロープで客席を時に激しく時に優しく揺さぶりながら劇を進めていく。知性や経験、センスだけでなく、作家の感受性の豊かさ、詩情の深さを感じさせる台詞。

いやぁ、いい台詞だった。戯曲を読みたい、と思わせる台詞だった。原作はもちろん、翻訳も良いのだろう。天晴れ。

お話の内容は、七時間の芝居を要約するんだから何の参考にもならないだろうな、と思いながら読んで欲しいのだが、赤狩りで有名なあのマッカーシーに荷担し強大な権力を掴んだ隠れホモでユダヤ人の弁護士や、彼に気に入られてワシントンに呼ばれている若く有能な隠れホモのモルモン教徒の書記官や、ユダヤ人だが堂々とホモしてる青年や、理屈っぽくてナイーブなユダヤ人で隠れホモの青年が出て来て、エイズになったりする話。ダメだ、どう考えても説明にならない。

はっきり言って、こういう長大なストーリーを観るときの姿勢って、観客がどう取捨選択していくか、という意味で、観客に委ねられている、それどころか観客が物語を作っているのだ、とすら言っていい。そういう意味で、自分が最も関心を抱いたのは、強権的でパターナルな弁護士であるロイ・コーンが語る世界の解釈の仕方であった。ぶっちゃけ、他はあまり心に迫って来なかった。

こういうこと書くのは怖い。「心ない人だ」「感受性に乏しい人だ」「何を観ていたんだ!」と怒られるのは目に見えているから。だが、自分はユダヤ人の社会的立場を知らない、ホモセクシュアルの社会的立場を知らない、モルモン教とカトリックの対立関係を知らない、アメリカ流の政治と社会を知らない、つまりアメリカを知らない。この物語は、アメリカの、アメリカによる、アメリカのための物語だ。アメリカを知らない日本人が、一足飛びにアメリカ人の魂に心を震わせることができるのか? 俺も、「そういう事実があるのか、そういう状況があるのか」までは行った。が、憐憫や恐怖は感じなかった。憐憫と恐怖が生み出すものだ、とされている、あの感覚・・・・も、残念ながら感じられなかった。気持ちはわかる、感情は伝わる、でも、もっと本当に恐ろしいもの、感情や悲劇を生み出してしまうもの、それって社会的状況や事実であって、そこはどう頑張っても理解し得ないというのが、最後までもどかしかった。

台詞はよかったし、役者も、山本亨さん、パク・ソヒさん、チョウソンハさん、松浦佐知子さん、などなど、しっかり足を地に付けて臓腑で台詞を喋るようないい役者さんがごろごろおったのはよかった。演出的にも、都市特有の荒涼とした無機質感を美術で見せながら、スピード感ある見せ方で大変観やすかった。音響のチョイスはよく意味がわからないシーンが多々あったが、きっと80年代アメリカのポピュラー音楽に詳しい向きにとっては大変意味のある選曲だったのだろう。ああ、いかんいかん、皮肉のようになっているが、いや、本当によかったんですよ。

だが自分は、TPTの演技のスタイルがどうにも好きになれない。全体的な意味での。赤毛物っぽい、と書くと御幣があるだろうが、わかるかな、そういう感じ。例えば、えんげきのぺーじに、

こういう本物の演劇をブロードウェイまで行かずして見る事が出来るのはありがたい。

というコメントがあったが、そういう感じの演技をしているのが、個人的にはあんまり好きではない。日本人の身体に、アメリカ人の魂を宿らせる。そこまではいいと思うのだが、抑揚、ジェスチャー、身のこなし、そういうところのシワを、無理矢理にピンと引っ張って伸ばしている、みたいな感じが、感情移入を妨げた。感情移入とまで言わなくても、シンパシーやアンチパシーが心の奥底からむくむく育っていく感じ、は感じられなかった。

みんなが誉め倒しているので天邪鬼に「自分はここがいまいち」みたいなことを多く書いてしまったが、とてもいいお芝居であって、成果も収穫も影響も価値もふんだんにある芝居であって、秀作であることは間違いない。作家の情念や、上演者側の意気込みも強く感じて、尊敬を込めて観られる芝居であった。七時間も観て疲れたけど、本当に観てよかったし、こういうお芝居をやってくれるTPTというカンパニーはとても素晴らしいなと思う。そんな感じでした。

コメント

投稿者:しのぶ (2007年04月04日 15:10)

谷くんの感想を読んで気づいたことがあったよ。
私はこの短い人生の中で実は3度もアメリカに行ってて(アメリカ好きかよ!)、しかもあの芝居に出てきたソルトレイクシティ、サンフランシスコに行ったことがあって、1度は約半年の滞在だったから色んな差別も見た(受けた)んだよね。そして中学生の頃に80年代の音楽・映画などにハマっていました(笑)。
だからこの作品は、描かれる題材に親しみがあるかどうかで、どこまで楽しめるか(味わえるか)がかなり変わるってことだと思う。それは仕方ないことだよね。

投稿者:Kenichi Tani (2007年04月05日 02:10)

あぁ、なるほど。確かにそれは俺にはまったくない土壌だ。しかも、自分は80年代という時代に関してもほぼ無知なわけで。そこら辺の差は、でかいよねぇ。

マイノリティの問題や80年代に特有(と聞いている)政治的なパワーバランスとか、わかってみないと、わかんないものね。

> だからこの作品は、描かれる題材に親しみがあるかどうかで、どこまで楽しめるか(味わえるか)がかなり変わるってことだと思う。それは仕方ないことだよね。

これはもっと広く一般的に言えることだよね。
演劇だから、とかに限らず、文章でも音楽でもきっとそうだ。

しのぶ、わざわざありがとー。