PLAYNOTE 野田正彰『犯罪と精神医療―クライシス・コールに応えたか』

2007年01月18日

野田正彰『犯罪と精神医療―クライシス・コールに応えたか』

[読書] 2007/01/18 12:01

これは名著だなぁ。絶版になっていたもののジャーナリストらによって読み継がれ、復刊を求める声に応じてこの度タイトルを改め出版された、精神病と犯罪の関係について詳述した一冊。絶版になっていた『クライシス・コール―精神病者の事件は突発するか』は、元々1982年に日本弁護士連合会・刑法「改正」阻止実行委員会(「改正」とは当時叫ばれていた保安処分のことを指す)の依頼で書かれた『精神病による犯罪の実証的研究』に手を加えて出版されたもの。このためか、著者が足で稼いだフィールドワークによる事例報告の豊かさに加え、統計データや精神医学の専門知識を交えて記された論考は実に骨太、読み手がある。

出版社/著者からの内容紹介

精神病者の犯罪が起こるたび,保安処分の実施が叫ばれる.しかし,著者はなによりも事件のフィールドワークが重要と考え,13件の重大事件を調査する.患者や家族は精神的危機を訴えるクライシス・コールを発していた.それに応えられる医療制度や精神科医の診断能力はあったのか.調査の分析から精神医療に対して提言する.解説・鎌田慧.

この本の構成について少し書くと、まず前半部では精神病者の犯罪として典型的と思われる13の事例について、筆者自ら地方まで足を運びインタビューや聞き込みまでしたという詳細な事例報告と検討が掲載されている。後半部では、前半部でつまびらかにされた数々の問題点―精神科医、行政制度、そして社会―についてまとめながら、「クライシス・コールに応える医療を」として筆者なりの解決策を提示している。巻末にはアメリカの精神医学を取り巻く状況を一変させたケネディ大統領による大統領教書と、日本の精神医療の立ち遅れを危惧した精神科医らがイギリスから招いたクラーク医師による調査報告書が付録として収録されている。

Amazonではレビューも評点もされてないみたいだけど、これは名著だ。筆者の熱意が伝わってくる、前半の13の事例紹介がまず身を切るような「痛み」を伝えてくれる。「クライシス・コール」とは、患者の病態の変調や言動に表れる、「このままではまずい」「おかしくなってしまう」という精神的危機を示すサインのことだが、紹介されている13の事例を通して、いかにクライシス・コールが無視されてきており、その結果重大な犯罪が起きたのか、ということが示されている。

病因に相談に行ったが取り合ってもらえなかった、保健所やあちこちの病因をたらい回しにされた挙句「家族で解決してくれ」と言われた、医師が軽率な判断で外出を許可してしまった等、犯罪を犯した精神病者を擁護するわけではないが、犯罪者一人を弾劾したところで状況は全くよくならないのだ、ということを、ありありと伝えるエピソードが多数。今まで読んだ本の中でも、司法精神鑑定の問題や地域救急医療の必要性を訴える言説をたくさん読んだが、本書における鮮やかな現状報告と問題提起でそれらがすっと一つに収束した感がある。

頭の悪いマスコミがよくやるような、被害者か加害者かどっちの見方? みたいな視点の愚かさを気付かせてくれる。「なぜ精神病者を野放しにしたのか?」、よくある問い掛けだが、そもそも精神病者がきちんと精神医療を享受して、入院できるような環境が日本にはない。そんな中で精神病者を社会的に包囲して、ボッコボコに叩きのめしたところで、次にまた同じような犯罪が繰り返されることは目に見えている。そもそも善悪の判断は元より、自分が誰でどこにいて、今目の前にいるのが誰なのか、ということすら覚束ない精神状態の人間が、過去の事件や判例を思い出して、刑罰が犯罪抑止力になる、なんてことはあり得ないだろう(ただし、司法上の「抜け道」になってしまっている精神鑑定の制度自体を見直すことは急務だろう)

犯罪者の多くは事前にクライシス・コールを出している。それを適切に拾い出し、適切な対処を与えていかなければ悲しい事件はまた繰り返される。最近もまた「精神障害者にも厳罰を」という風潮が持ち上がった時期があったが、今から25年も前に書かれた本書が指摘している問題はほとんど解決されていない。そういう状況で厳罰化だけ進めても、被害者の報復感情だけは満たされるかもしれないが、後発する精神病者の犯罪は防げない。医療状況の改善こそが、犯罪抑止にとって最大の効果をあげるのではないだろうか。

とにかく、事例の報告としてもかなりの力の入りようで背筋が凍るようなリアリティを提供しているし、問題の把握と打開策の提示という意味でも非常に示唆に富む一冊。決して難解ではないから広く読まれることを望む。