PLAYNOTE 畑澤聖悟原作、黒澤世莉演出『俺の屍を越えていけ』

2006年12月22日

畑澤聖悟原作、黒澤世莉演出『俺の屍を越えていけ』

[演劇レビュー] 2006/12/22 03:14

王子小劇場プロデュース作品。まず劇場がプロデュース公演をしていくという試み、加えて現代の作家を扱うという視点の取り方に敬意を表したい。表すだけじゃどうにもならないので、是非今後も観に行きたい。

何かとお世話になっている時間堂の黒澤世莉さんが演出をされており、以前リュカ.『vocalise』でフェイバリットな役者を見つけた!と思っていたこいけけいこさんが出演されていたので観て来た。

脚本の畑澤聖悟さんはかの有名な弘前劇場Wikipedia参照)で二枚看板を貼っていた作家さんで、この『俺の屍を越えていけ』で日本劇作家大会短編戯曲コンクール最優秀賞を受賞している他、ラジオドラマで受賞歴多数、しかも現役の高校美術教師というマルチぶり。最近は渡辺源四郎商店というプロデュースユニットで青森市を中心に活躍中。そんなことが可能なのか、と思う多忙っぷり。

さすがに王子と演出家が「この戯曲を是非」と言うだけあって、練り込まれた劇展開の無駄のなさ、巧みさに驚く。

前半、まだ話の核が見えていない頃は、見方がわからないままに散漫な会話が続き、素直な観客はきっと困惑してしまうことだろう。が、「さて、始めるか」となった途端、それまで冗長にさえ聞こえていた会話が余すところなく巧妙な伏線となって物語にキレが生まれる。ここからが絶品。

実は稽古場での通しを一度観ていたのだが、劇場での上演となり随分変わっていて驚く。クロムモリブデンの看板・森下亮氏を始め、水を得た魚のようにみなぎる役者魂が次々笑いをとっていく様には感嘆した。静かで大人しいトーンの芝居で、「くすり」はともかく、爆笑まで出すのだから。が、反面、全体的に欲が出たと言うか、若干演技がリアリスティックな美術・設定の枠を出て、いわゆる小劇場っぽさが出てしまい、稽古場で見たときの方がたおやかな息遣いが感じられてよかったと思うシーンもしばしば。芝居は生ものだし、笑いとっといた方が展開的にやりやすいから決して間違いではないのだけれど、もう少し抑えてもよかったと思う。

あえて苦言を呈すれば、前半部分の雑然とした感じの中にもう一つ工夫があればなおよかっただろうが、80分という短い尺に加え、最後でしっかりお釣りがくる見事な脚本構成と演技の熱気から、非常に密度が高く見やすい芝居。自分は割と無慈悲な現実に納得づくで生きている人間なのだが、後半で見せられる人情ものには、気分よく涙を誘われた。

…しかもまた、俺がじわっと来たちょーどそのタイミングで、森下さんが綺麗な涙を一粒垂らしやがるんだ。ぽとりと一粒、照明の光を跳ね返しながら、テーブルに落ちる涙がばっちり見えた。前半、笑いで点を取り、こいけさんと二人のシーン=ハーフタイムで大人な一面を見せ、最後は清々しいほど愚直な勇気で涙を拭い去っていく。なぁ、ちょっとおいし過ぎやしないか。脱帽。

本荘役の原田さんが素敵。あれを男の色気と言ったりするのかどうか世の中の女子に問うてみたい。戯曲の構成的にも引っ張る役だが、芝居的にも反射神経のいい演技で座組を引っ張る。物語中一番共感をそそられた人物像であった。こいけさんは朴訥とした持ち味をストレートに出し、特に後半、くしゃくしゃに顔を歪めて感情を抑える姿が大変よかった。立ち位置的に難しいながらも前半と後半の空気の違いを敏感に感じ取り演じていた黒岩さんは、特に最後、立ち去る時の複雑な笑顔が印象的(あれ難しいよな、直前に歌っちゃうし)。メタ農主宰の葛木さんの器用さに驚く。前にすげーテンション高い役で観たが、今回の地に足が着いた芝居の一つも違和感を覚えさせないとこはすごいな。北上役の玉置さんは、前半やや頼りないもののラストの直情的な台詞の個所でぎゅっと胸を締め付けられた。客席に心が届くというのは、こういうことかもしれないな、と思う。

こういう、軽薄でない、だが堅苦しくもない、しっかり楽しめて考えられる芝居、というのは、なかなか世にないものだから、ちょっと胸のすくような思いがした。いろいろよかったが、まず王子小劇場の審美眼に拍手。

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