PLAYNOTE 青年団『ソウル市民 昭和望郷編』

2006年12月12日

青年団『ソウル市民 昭和望郷編』

[演劇レビュー] 2006/12/12 01:15

未だに社会に、外交に、そして人々の間に禍根を残し続ける日韓併合の歴史を、当時のソウルに住む文房具商一家の人間模様に描き込んだ平田オリザの『ソウル市民』。斜陽を迎えつつあったとは言え、小劇場ブームの影を引きずる当時の演劇シーンを逆流するような「静かな演劇」のインパクトが、後の日本演劇界に与えた影響力はご存知の通り。

何度か映像で観て「あ、これはいいや」と思っていた平田オリザと青年団だが、まぁ一般教養みたいなものだ、観とけ、という気持ちで観に行ったら、えらく面白くて度肝を抜かれた。平田オリザ、べらぼうに上手い物語作家である。

平田オリザというと、静かな演劇で、特に事件らしい事件が起こらなくて、淡々とした日常をそのまま切り取ったような、自然主義的な会話劇、という印象が強かったが、大間違いだと気付いた。

おおまちがいなのである。オリザ氏は途方も泣く巧妙かつ精緻に戯曲を創造している。彼は、怒声対罵声とか、ナイフ対毒薬とか、権力対反逆とか、そういうわかりやすい作劇上の「味の素」を用いていないだけで、根底ではとても正当な物語作者である。

今回一番「ああ、王道なのだな」と感じたのは、韓国人書生の斎源と一家の次女の清子が二人きりで会話するシーン。クラシカルな印象すら持つ展開にビビる。まず、清子がオルガンを弾いているところに斎源登場。それまで音響らしい音響が使われていなかっただけに、このオルガンが持つセンチメンタル効果は抜群。悲恋に音楽を重ねる、王道である。二人きりで話す。打ち明けられない恋心、何故なら私とあなたは住む世界が違うから、二人が惹かれ合ってもお父様が・お母様が許さない、…王道である。それをこっそり覗いている女中が二人、これも道化役の立ち回り方として王道過ぎるくらい王道。さらにその後登場する母。悪意があるのかないのか、世間話の最中、斎源に「お前は韓国人だ」と強烈に意識させ、二人は別れる。王道。一人悲嘆に暮れ、ラジオに耳を傾ける斎源。王道。

俺が言いたいのは「王道=陳腐」ということではなく、平田オリザという人は、極めて自然に日常を日常のまま劇化すること、つまり作劇のための誇張や修辞をせずにドラマとしての密度を台詞に落とし込むことを得意としているが、その裏にはきっちり物語作りの文法や作法、定番の技巧があるのだ、ということ。他にも、伏線を撒けばきっちりすべて回収するし、音楽や舞踊が人々の情動に如何に訴えるかという所を突いて来るし、登場・退場のタイミングや台詞の回し方や力加減もあざといほど巧み。だが、恐ろしく緻密かつ精巧に構成・計算されていながら、その「あざとさ」が鼻につかない、不自然に見えない、そこがすごい。

そこで僕らが感じる「気持ちの悪さ」「居心地の悪さ」は、例えばクラスや職場で友人が言ってはいけない一言をつい口に滑らせてしまったりしたときに感じるヒヤヒヤ感であったり、無神経な先輩や上司に対して感じる飲み込むほかない苛立ちであったり、突如湧き上がってしまった義憤としか呼びようのない珍しい感情であったり、そういう類のものだ。なるほど、記録映像で観ても感じ入らないはずである。目の前で生身の人間が綱渡りをしているからこそ自分はヒヤリとするのだ。録画され天下のNHKから配信される記録映像は、とても厚いカーテンを僕と舞台の間に張ってしまう。僕はこたつでぬくぬくと観ている。それは、演劇的でないように見えてその実とても演劇的であるとしか言いようのない平田オリザの作品を見る上において、とりかえしのつかない断絶である。

平田オリザは日常生活の微細なささくれ立ちを観客に見せつける。ただし、彼はその器用な指先で、丁寧に慎重にそのささくれをつまみあげ、より痛みを倍加して見せつける。「日常のささくれ」に目をつけたセンスより、その傷を観客の眼前で丁寧に広げてみせる、物語作家としての手練手管の方に自分はやられた感じがしている。

うーん。この辺の巧妙さ、好きだなぁ。ニクいことするよ、まったく。次も観たい。

コメント

投稿者:りゅーせ (2006年12月12日 02:36)

最初の「ソウル市民」20代前半で書いたらしいですよ。
恐るべし。

投稿者:Kenichi Tani (2006年12月12日 02:42)

コメントはえーな。
ビュヒナーがアレを23で書いたというエピソードを思い出したが、まぁ早熟な人の精神設計はわからんよね。

投稿者:Kenichi Tani (2006年12月12日 03:02)

ひとつ難癖をつけると、二人の看護婦のエピソード、あれは見てられなかった。あそこだけリアリティが盛大に崩壊している。意図は「汲める」としても劇構造上の必要性も感じられない。なんであんなステレオタイプな精神病のカリカチュアやっちゃったんだろう。

平田オリザの弱点は、ギャグのセンスがイマイチなことと、ファッショナブルとかスタイリッシュとは程遠いところではないかしら。この二つが揃っていたら、クドカンなんてものともしない時代の寵児になれたかも。

投稿者:りゅーせ (2006年12月12日 03:29)

手厳しい。笑
実は今回観てないので何とも言えないんですけど。
しかも僕が観た「ソウル市民」はフランス人演出という・・・。
僕は彼の着飾ってないところが好きですね。

投稿者:しのぶ (2006年12月12日 15:05)

「ソウル市民」は26歳のときの作品ですね。
昭和望郷編は今週末に観にいくのでそれまで読むのはおあずけにしておきます。

投稿者:Kenichi Tani (2006年12月12日 23:52)

>りゅーせ
フランス人演出版は是非観たかったな! あれだけ事細かに日本と韓国の問題を扱ってるってのにフランスで受けたって理由がわからない。どうやったのかとても気になる。
手厳しいかな、そうかな。でもつまんない芝居観たらこういうコメントは書かないからさ、自分としてはエールのつもりなんだけど。

>しのぶ
えー、別に僕のレビウは読まなくてええっすよー。
何だかしのびゅの気分を害しそうだ。


しかし青年団観た途端コメント欄が盛り上がってしまうのが、何だかな。
何のかんの言ってやっぱり、青年団が現代演劇の中心におるんかな。

投稿者:しのぶ (2006年12月13日 09:10)

トークで平田さんがおっしゃってたんですが、フランスは植民地が多々あった国で、今も移民問題があるし、「ソウル・・・」のことを日本と韓国だけの出来事だとは受け取ってないみたい。フランスから呼ばれたのも、向こう側にそういう(政治的な)気持ちがあったからだと思う、とまでおっしゃってました。

谷くんに気分を害されることなんて日常茶飯事だから(笑)。てゆーか、だからこそ楽しいし。読ませてもらいますよ~。

投稿者:みあざき (2006年12月15日 14:17)

…すみません、本当にどうでもいいことなんですが、
〉丁寧に慎重にそのささくれをつまみあげ、より痛みを倍加
〉して見せつける
っていう記述だけであまりの痛さにちょっと涙がでました、という話。あぁ何度読んでも痛いよう。

投稿者:Kenichi Tani (2006年12月16日 02:26)

>しのぶ
でも俺らがフランスの植民地問題の芝居見ても
日韓問題にひきつけて考えはしないよなー。

つか気分を害していたのか、そんなにしょっちゅう…。すまねぇよ。

>みあざき
確かに、想像した感じの痛さだと、
爪と肉の間に針を指す>ささくれをつまみあげ云々>足の小指をたんすに
くらい痛いね。
おもしれーとこに絡んでくれてありがとう(笑)。