PLAYNOTE 佐々部清監督『半落ち』

2006年11月29日

佐々部清監督『半落ち』

[映画・美術など] 2006/11/29 06:00

親父が借りていたので観た。僕はどんどんポピュラー映画を観ようと最近考えています。

この手の作品を否定すると、心の温かい人たちに「冷たい人!」「人でなし!」と言われてしまいそうでいつもびくびくしながら生きている自分です。

すっきりしないラスト。消化不良感のせいでいいと思ったシーンや台詞も台無し。つまんなくはなかったが…。

内容(「DVD NAVIGATOR」データベースより)

横山秀夫原作の同名小説を『陽はまた昇る』の佐々部清監督が映画化したドラマ。現役警部がアルツハイマーの妻を殺したと出頭した。彼が自首するまでに2日間の空白があると判明し、刑事、検事、判事、新聞記者、弁護士らがそれぞれの立場で真実を追う。

物語の焦点は「空白の二日間」に絞られて行く。…のだが、この絵解きが全くすっきりしない。あそこまで頑なに黙っている理由が、今一つ飲み込めない。正直に喋ったとして誰に迷惑がかかったろう? あの青年が働いていたラーメン屋には、梶警部の写真持ったデカが行って「この男来ましたか?」くらい聞くだろうが、どうまかり間違っても本人に移植者の情報をバラしたりするわけないし、他に秘匿すべき理由もわからない。

結局、この映画の焦点は、絵解きにあるのではないのだろう。世間が絶賛した理由も、決して絵解きの鮮やかさにあるわけではない。では何か、と言うと、「人情」に他ならない。日本人が江戸以来大事にして来たテーマじゃねーか、やっほう。

警察と検察の隠蔽体質、アルツハイマー病、白血病といった問題にも触れているが、あくまで「触れている」だけ。アルツハイマーに関しては、結局何だか煮え切らないラストだった。嘱託殺人や尊厳死をはっきり否定もしないし肯定もしない。映画に主張がなくてはならない、なんてつもりではないのだが、どうも感触として、つらかった、つらかった、悲しかった、でも生きて下さい、とセンチメンタルな吐露をベタベタと並べたように思えてしまう。そんなら闘病記かドキュメンタリーの方が価値がある。

が、これを観て涙した観客は多かったのだろうなぁ。うちの親父も「感動した」と言っておった。ふむ、涙を流してもらうには、こういうことをすればいいのかしらん。愛しているがゆえのつらさ、苦しさ。健気な思いや姿勢。激昂するシーンと涙を流すシーン。「愛していました」「~~のために」「生きて下さい」等の台詞。

この映画とは関係なく本気で考えていることなのだが、これだけコンピューターが進んでくると、刑事ドラマや人情ドラマの筋書きくらい自動生成できる気がしてくる。少なくとも機械翻訳のための言語解釈より物語の自動生成の方が段違いに簡単なはずだ。実際、エロ小説自動生成プログラムはもう存在している官能小説自動生成ソフト『七度文庫』のこと)。それなりの時間と金をかければ、今の技術でも作れると思うんだけど。

俳優人がフルコースに豪華だった。