PLAYNOTE ダン・ブラウン著『ダ・ヴィンチ・コード』

2006年11月18日

ダン・ブラウン著『ダ・ヴィンチ・コード』

[読書] 2006/11/18 08:39

文学作品としては近年稀に見る社会現象を呼び起こした本なので、一般常識を身につけるつもりで読んだ。

冒頭から連続する高密度のサスペンスとスリル。よく「ダ・ヴィンチが絵画に隠したキリスト教の秘密を暴く…」みたいな煽りがされているが、誤解してはいけない、単なる娯楽小説ですよー。美術館長の謎の死! 事件に巻き込まれる男、それを助ける才色兼備の女相棒。拳銃片手に迫り来る魔の手、それを間一髪で追い払う二人! 逃亡、裏切り、アメリカン・ジョーク。自動車や飛行機での逃亡劇、徐々に解き明かされる謎、そして最後には…。

以下ネタバレ。もうすでにネタバレしてるけど。

最後に待ってたのは、「ちゅー」。ハリウッド的展開に悪い意味で度肝を抜かれ、がっくりした。

そこまでのハリウッド的展開(もったいぶったサスペンスと派手なアクション)は、むしろプラスに評価していた。新書にでもまとめたら随分と読みづらくなりそうな謎解きを、サスペンスの手法を使うことによってスリルとスピード感すら感じる見せ方。本来、知識の探求とはこの上ない興奮を伴うものだが、徐々に解き明かされる謎を推理小説的な興味と映画的描写を用いて展開させる手法は、作中人物が感じる知の興奮を別の形で読者にも味合わせていた。妙な一体感のある、いい展開だった。

が、やり過ぎると鼻白む。中~後半の意表をつく展開は、意表を突き過ぎて何だか得心できない。オカルトとしてもサスペンスとしても面白いんだが…。

  • 導師が実はティービングってのはレミーの心情的に理解できない。下巻p176の冒頭は読者のミスリーディングを誘うためだけに書かれており、この文章があるゆえにティービング=導師の線を否定していた自分にとっては何だかすごく腹が立った。ティービングへの不服・憎悪を随所に書きながら、導師に対しては尊敬と服従を示しているように見えるのも何だか。
  • チャプター・ハウスでロバートはいつの間にクリプテックスを開けたんだ? そんな隙はなかったような気がしたが。
  • それ以前にあの場でティービングがロバートにクリプテックスを渡すのは不注意以外の何者でもない。世界中の要人をごく私的に監視するなんていう芸当をやってのけ、劇中でも自分の野心を全く露呈することなく-文字通り汗一つ垂らさず-完璧な擬態を演じ続ける冷静さと用心深さを持っていながら、何故渡す。

他にもいろいろ。結局、トリックのために構築された世界の中で、スリリングだが中身のない幻だけを見せられた感じ。最後にまだ何かあれば違ったんだろうが、「ちゅー」じゃな…。

この本の「嘘」を暴く本がたくさん出版されているようだが、それらを手にせずとも、少し学問をかじったことのある人間なら本書には不信を抱くだろう。本文中、論拠として出典や引用が明記されることが非常に稀であること。仮にもトップクラスの研究者である人物たちが、物事を断定でばかり語ること。とても主観的な書き方ばかり。娯楽小説としては正解なので、そう思って読むと楽しめるが、決して「実はシオン修道会ってのが昔からあってね…」などと人前で言ってはいけないよ。

本当に娯楽小説としては良く出来ている。上下巻ともに息もつかずに読破してしまった。が、何も残らないどころか、作中で触れられた宗教や美術に対する様々な解釈が、こうも寄る辺なく怪しげなものであるとわかると、何つーか、時間を返せ、と言いたくなる。

この感覚、何かに似てるなーと思ったら、とんでもなく卑近な例だが、週刊誌とかスポーツ新聞で、「熱愛発覚!?」「ついに暴露!?」とか書かれてて、ふたを開ければ流言飛語と勝手な推測ばかり、確からしい事実など一つもなかった、騙された。そういう感覚。

それでも面白いから週刊誌は売れちゃうんだろうし、この本も売れちゃうんだろうな。