PLAYNOTE 野村進『救急精神病棟』

2006年11月16日

野村進『救急精神病棟』

[読書] 2006/11/16 00:26

救急救命士という単語は最近よく聞くが、精神科にも救急病院があるなんて、つい昨日まで知らなかった。表紙とタイトルが何だか俗っぽかったから、読んでみてその内容のヘビーさに驚く。精神病に明るくない読者にも親切な語り口で、精神病そのものの実態と共に日本における精神医学の現状と問題点を生々しく描き取った傑作。

「直ちに治療が必要な精神病の状態」

の患者を24時間体制で受け入れ、原則三ヶ月での退院を目安に治療を行っている千葉県に実在する千葉県精神科救急センターの取材ルポ。患者のプライバシーのために随所がフィクショナイズされているが、取材と調査に基づいた文章の真摯さゆえに、現場の声が痛烈に胸を刺す。

精神病院の実態、または精神病患者の実態を理解する上でも良書と言えるが、それ以上に精神科の救急センターという特殊な施設(日本で一つだそうだ)を通して日本精神医学の問題点を浮き彫りにしている点が興味深い。

上に書いた「三ヶ月で退院」というのが実はキーで、同センターは精神科治療を旧来型の長期収容型から地域医療型への転換を理想としている。戦前、精神科の病床数が極端に少なかった日本では座敷牢が合法的に認められており(!)、それが禁じられた後では患者を入院させた後は薬漬けにして長期収容し、言わば精神病患者を「牧畜」するという犯罪的な医療スタイルが蔓延していた。

が、同センターの医師たちは、「適切な治療を施せば精神病は治る」と信じて仕事をしている。もちろん治療が長引くケースもあるが、適切な薬物療法と精神的ケアがあれば、分裂病(統合失調症)の治癒率は世間で盲信されている程低くはないし、薬を飲み通院を続ければ社会生活を営むまでに回復する見込みはかなり高い。ずるずると入院させず、「三ヶ月」という目標を立ててなるべく早く退院させ、その後はケースワーカーや外来診療を通じて在宅医療に切り替える…という、新しい精神医療のスタイルを実践しているのだ。

いやー、感動しちまったよ。現場の声はとてもソリッドでシビアで、だが人間愛のあるものだった。途中で「感情労働」というアメリカ由来の言葉が出てくる。元は「接客業のように顧客との感情のやりとりに商品価値を置く労働」を指すそうだが、看護の仕事もこれに含まれる。医師たちも、私的感情を排して病状を判断した後で、今度はとことん感情対感情の仕事にシフトチェンジすることが必要となる。そのせいか、医療を見ているというより、混乱してしまった一人の隣人を手助けするために知恵を集める村の人々…とでも言うような、暖かさと湿度を持った関係式を見ている気分であった。

社会の現代化(コミュニティの崩壊)と精神病の増加には相関関係がありそうだなぁ、と思っている人は多いと思うけど、テレビのコメンテーターが根拠もなしに断定するのとは違って、現場の医師が彼らなりの哲学を持ち出しながら語るのを聞くと新たな地平が開けたような感動がある。

色々な意味で衝撃を受け、恐怖を感じ、また同時に感動や愛を味わった本であった。