PLAYNOTE ラース・フォン・トリアー監督『ドッグヴィル』

2006年11月09日

ラース・フォン・トリアー監督『ドッグヴィル』

[映画・美術など] 2006/11/09 06:39

アメリカのどこか、小さな村落、そこに逃れてくる一人の女。たったこれだけの導入で口火を切った物語は、徐々にその漆黒の顎門あぎとを広げていく。牧歌的と言えなくもない、何の変哲もない村なのである。そこに潜む人間性の深淵をつまびらかにしてしまう、ラース・フォン・トリアーの傑作。

映像方面の勉強をしている先輩に是非観ろと推薦されていて、ようやく暇が出来たので観た。手放しで賞賛できるような映画を観たのはどれくらいぶりだろう? 映画も案外、面白いかも。

無機質な床にただ白線を引いただけのセット。これを村に見立てながら映画は進む。映画という表現媒体に新鮮な驚きの風穴を開け、モダンだが殺伐とした見たことのない映像美学を打ち立てている上、建物や樹木に邪魔されることなく村人全員を見渡せる演出的効果も見事。また、夾雑物を取り除き、描くべき対象である人間に極限までクローズアップすることに成功している。

物語の展開は、やや前半かったるいが、逆にその遅々とした歩みの中に潜む不穏な空気とか、息が詰まるような沈黙とか、このドラマを描くために必要な間であるため耐えて欲しい。中盤から急に傾斜角を大にし転がり出す物語。後は圧倒されつつラストまで釘付けである。

この上なく普通の話なのである。あまりごちゃごちゃ言いたくないので是非観て欲しい。監督がやったことは、怪物化した群集心理を描いたことでも、閉鎖的な村落で狂気の手前にまで差し掛かった特異な状況を描いたことでもなく、たった一枚、人間性の皮を剥いだだけ、しかも薄皮一枚をめくって見せただけなのだ。その裏に見えた闇の深さをとくと味わった。

俳優陣の抑えた演技が印象的。最初はシャイで無愛想、質実剛健な田舎の人々、といった風情だが、徐々にそれが精神疾患を患うもの特有の欠損感とでも言うべきものに近づいて見えてくる。もちろん誰一人狂ってなどいないのだが、そういう薄ら寒い不気味さを湛えた雰囲気は見事という他ない。

エンドロールで世界各地の貧困や争いといった惨状を写した静止画像が次々と映し出されるのがとりわけ印象に残った。というのも、自分も先の五月に上演した自作の芝居で同じことをやっていたからだ。ドッグヴィルという物語は、寓話的とさえ呼べるような澄んだ構成を持った作品である。古代ギリシャの彫刻美術が、その造形美の神技ゆえにともすれば現実離れして写るのと同じように、時として完成され過ぎた物語は受け手側の現実認識とうまくリンクしないことがある。が、この映画では、エンドロールで実際の世界の状況を提示することで、決してドッグヴィルの物語がファンタジーなどではなく、現実との明らかな相似性を持った"実証"(illustration)であることが示され、受け手側はそれを再認識せざるを得なくなる。

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この一瞬に走った戦慄。素晴らしかった。2時間43分21秒頃。

僕が映画を誉めるのは滅多にないことなので、是非いろんな人に観て欲しい。尺は三時間あるよ。気合入れないと観れないから、体と脳が疲れていない夜に、ビール片手に…ではなく、わざわざドリップコーヒーでも入れて、腰を据えて観て欲しい。

コメント

投稿者:りゅーせ (2006年11月10日 00:17)

続編の「マンダレイ」をこの前観ましたよ。
一緒に行ったヤツが「ドッグヴィル」の方がよいとは言ってましたが、
この監督の作品を初めて観た僕にはなかなか刺激的でした。

投稿者:Kenichi Tani (2006年11月10日 15:04)

トリロジーらしいねぇ。俺はそもそもダンサー・イン・ザ・ダーク見てないから、次はそこ行きたい。確か元基くんに数年前に薦められた。

投稿者:しのぶ (2006年11月10日 15:48)

私も「ドッグヴィル」しか見てないですが、この作品は珍しく映画館で観て、めちゃくちゃ感動しました。トイレ我慢しながら見たのは生まれて初めてだったと思う(苦笑)。

投稿者:Kenichi Tani (2006年11月12日 00:59)

長いよね。それさえなければ身近ないろんな人に見せまくるんだけど…。でも尺も見終わってみると必然という感があり、まぁ仕方ない。

投稿者:にしむら (2006年11月14日 09:03)

これ、映画館で観ました。友達と観に行ったんだけど、衝撃でしばらく落ち着いた会話が出来なかった。

投稿者:Kenichi Tani (2006年11月15日 00:49)

あーいいな、映画館で観たかったわ~。