PLAYNOTE 平安寿子『あなたにもできる悪いこと』

2006年09月29日

平安寿子『あなたにもできる悪いこと』

[読書] 2006/09/29 02:24

渋谷PARCOで出会った本・その2。もう一つの桜庭一樹『少女七竈と七人の可愛そうな大人』とは全然毛色の違う作品だが、ディテールの描き方に驚き購入。作家ってすごい。

いわゆる純文学系のような小難しい本ではなく、電車の中でさらっと読めるエンターテイメント小説。が、さり気なく毒のある風刺を盛り込んでおり、「この作者、曲者だな」と思わせる「黒さ」が所々漂っていたので、根性がひん曲がっている自分でも楽しんで読めた。

主人公の檜垣はベテランのセールスマン。持ち前の容姿と頭の回転の早さを駆使し、「金さえ入れば何でもいいや」的なポリシーのない立ち回りでフーテン生活をしていたが、とある事件がきっかけで知り合った里奈という女と組んで、新たなビジネスを始めることになる。それは、揉めている人間の間に押し掛け、時に仲裁し、時に弱みを突いて金をふんだくる、トラブル・コーディネーターとでも言うべきもの。

扱う案件は、セクハラ、愛人問題、NPO団体資金の着服問題、新興宗教を巡る町内のトラブル、市長選挙における公職選挙法違反、金融詐欺。全ての話の中心にあるのは「金」の一文字。とても平成な話ばかりで、とても現金な話ばかりで、大変面白い。

主人公・檜垣とカモの間で展開される会話が一つの見所。丁々発止、狐と狸の化かし合い、言葉を武器にぶつかり合う知恵と知恵の一騎打ち、と言った風情でなかなかスリルがあるのだが、最後にすべてを丸く収めるのは、結局のところ「金」、という、ドライな感じがとても良い。

一話のラスト数行がとても好き。案件を一つ片付け、むしりとった金をポケットに忍ばせて、こう続く。

檜垣は内ポケットの金に話しかけた。
俺はあんたが、なにより好きだよ。
大好きだ。

愛だの恋だの勇気だの友情だの…と言ったピュアな要素はおろか、徹頭徹尾、現金な話ばかりで、却って嘘がなく胸のすくような気がした。

驚いたのは、盛り込まれたディテールの細かさ。政治、宗教、法律、社会問題、セールス業界などなど、実に多岐に渡るトラブルを描いているが、どれも「ぬるさ」を感じさせない徹底した緻密な描き込み。きっと博識な人なのだろうが、取材にかけた時間と苦労も半端ではなかっただろう。それをスリルと勢いのある文章に編み上げる、構成力と文章力も素晴らしい。

主人公二人のキャラクターは若干漫画チックなデフォルメが効き過ぎていて鼻白むこともあったが、知識の波を脳髄に染み込ませて行く楽しみもあって、ぶっ続けで読み切ってしまった。

最近てほら、何となくテツガクしてみたり、鬱ってやけに情緒的になってみたり、失恋だとか挫折だとかで一冊まるごと書き切ってみたり、そういう文学気取りが多いじゃないですか。が、この本には職人の気概を感じた。物語を編むために徹底的に調べて調べて調べ倒して、それを丁寧かつ大胆に構成して、人を楽しませる作家という職業の、職人芸的気概。作家さんって、すごいよなぁ。