PLAYNOTE D-C.A-P『4 nudists』を終えて

2006年08月24日

D-C.A-P『4 nudists』を終えて

[公演活動] 2006/08/24 04:16

「小さなスペースで、気軽に一人芝居×4!」

などと思って始めてみたが大間違い。難産、苦難の連続で、えらい目にあった。が、その分、芝居を作るということを再度考え直すいい契機になったし、とんでもなく勉強になった公演であった。

うわあああああああああ。

ここにね、すげー長くて文学的な、それぞれの作品について思いを馳せたり役者についてあれこれ語ったりした一万字くらいの文章を書いていたのだけれど、PCがハングアップして

全部消えた。

もう書き直す気力がないし二度と同じものは書けない。くやしいいいいいい。久々に力のこもった文章を書いていたのに。くそ…。

サマライズして一行くらいで書きます。

企画全体について

長過ぎたし制作的に見て甘さが目立ったが、一人芝居という珍しいものをやれてよかった。

『アムカと長い鳥』について

賛否両論くっきり分かれ、生理的な嫌悪感すら引き出せたのはむしろ誇りに思いたい。そういう尖ったことがやりたい。清水那保は平成の世には珍しい熱っぽさを持ったいい役者であり育てたい。本気で手首を切ろうとした程の彼女の峻烈さ・真剣さに感服と反省。作品的には演出者として一番気に入っている。抽象と象徴、きりきりと音を立てて歪む精神とソリッドでドライな現実感、空間的詩情、純粋美、そういったものを目指したい。

参考: スティーブン・レベンクロン著『CUTTING―リストカットする少女たち』 - PLAYNOTE

『藪の中』について

最終的に菅野貴夫に全部持っていかれた感があるが、企画の当初のコンセプトに最も合った、シンプルで力強い愚直な上演であり、一番完成度は高かったと思う。五年後十年後の菅野が演じたら、楽ソワで感じた鳥肌と汗はさらに倍加されたものになるだろう。芥川の美文の中に併置してなお気に入ったと言える台詞が書けたことは嬉しい。「演劇のリアリティは役者からしか立ち上り得ない」という自分の信条を菅野が身を持って証明してくれたという点で、満足と敬服。だが俺はもっと頑張る。

『チル・オ・チル』について

ソリッドでドライなものが好きな自分が、ファジーでウェットな遠藤の脚本を上演して、不安や不服もあったがいろいろなものが見えた。彼には書き続けて欲しい。堀の実に演劇的にクリエイティブな動作・仕草の提案と役作りは本来の役者の仕事を思い出させるものであり、方向を指し示す者としての演出者とのコラボレーションとして大変実のあるものであった。映像的な演技の多かった彼女が、演劇的な演技を自らに課した。次が楽しみ。彼女の演出者的な視点は、吹っ切れた感情の露出(nudisitという単語を考える)を時として妨げるが、今回何度か見せた爆発力を次に繋げたい。

『無意味の逆』について

岩藤の脚本にあったひたりひたりと歩み寄る不安・寂寞・不条理は大変面白いから次またどこかで何か書いて欲しい。上野のギャグに個人的には腹がよじれるほど笑ったが理解されないことがあって残念。日本を頼む。

* * *

すごく薄っぺらいまとめになったが、ダメだ、全部書き直す気力はない。

今回、公演全体として点数をつけると自分的にはとてもからい。トータルではせいぜい30点くらいだろう。だが、アンチポップで小規模な中で、いろいろ普段できない突っ込んだことができてよかった。次のダルは来年三月。ゆっくりじっくり準備して、最高傑作をやりたい。

あとで写真をアップします。うーむ、書き切れないことと、書いたけど消えてしまったことが胸の中とキーボードを叩く指先に渦巻いて、何としても残念だ。

感想リンクなど

だいたい発見順。