PLAYNOTE スティーブン・レベンクロン著『CUTTING―リストカットする少女たち』

2006年08月24日

スティーブン・レベンクロン著『CUTTING―リストカットする少女たち』

[読書] 2006/08/24 03:14

先日の一人芝居公演で上演した『アムカと長い鳥』に取り組むにあたり、執筆後に読んだ参考文献。現役のサイコセラピストにして小説家でもある著者の文章力も手伝って、非常に読みやすく、だが深く鋭く自傷行為を解説しておる一冊。

万人に読めと薦めはしない。が、もっと多くの人が、心の病について理解を深めて欲しいとは強く思う。集英社文庫・夏の一冊「ナツイチ」企画で取り上げられているから、店頭ですぐ手に入ると思うよ。

『アムカと長い鳥』は、何も読まず、ただイメージだけでぶわっと書いたのだが、書き上げた後で考えた。
「ちゃんと勉強せず書くことは、そういう病を持っている人たちに対して失礼なんじゃないか」。
書くものには胸を張りたい。混じり気のないものを書きたいし、嘘のないものを書きたい。

そうなると、僕はリストカットについて調べざるを得なかった。ネットで病気のアウトラインや症例を調べた。また、2chやmixiのコミュニティ、個人のブログなどを読んで、実際に病に苦しむ人たちの生の声を聞いてみた。その後で、この本を手に取った。

※ちなみに『アムカと長い鳥』は、自己実現をし損なり、幻聴と自傷に苦しんでいる女の物語。若くして一児の母になり、主婦になった主人公の女は、バスルームでガールポップを聴き手首を切り、「アムカ」という空想の救い手に話しかけ続けながら、何とか自己のバランスを保とうとするが。以下ひみつ。

驚いたのは、何も調べず書いた『アムカ』が、意外にもこの本で紹介されている症例や分析に一致していることだった。執筆ってのは憑依するってことだから、こういうことは起こり得るんだろうけど、2・3の手直しを加えるだけでぴたりと自傷癖の病理分析に当てはまってしまったのには驚いた(だからこそ『アムカ』は思い入れのある脚本でもあるのだが)

まだ芝居について書く。
『アムカ』は賛否両論くっきり分かれた上演だった。「一番いい」「目が離せなかった」「男性が書いたとは思えないほど女性の心理を描いている」等とこそばゆくなるほどの好評を得た反面、「イタい」「見たくない」「わからない」という拒否反応も強く出た。ある意味では成功だったと思っている。
(もちろん、演技や演出・戯曲としての完成度についての反省点は多い。勉強します)

これは、生理に訴えたのだ、とも取れる。手首を自ら切る、なんて話なのだから、生理的に受け付けない、という人が当然出る。あるいは、単純に「わからない」「おかしい」という反応を引き出した、とも取れる。リストカットはまだまだ身の回りには珍しい病気である。「気持ち悪い、何でそんなことすんの」と思われても当然ではある。

この本の著者が突き壊したいのは、まさにそういうリアクションなのだ。リストカット、自傷癖の常習者は、決してモンスターでもキ×ガイでもない。単純に、心の安らぎやバランスを得るための方法が、少し正常からズレてしまっただけの人たちなのだ。

一番興味深かったのは、リストカットが「おうち」的なものを通して安心感を引き出す、という説明。いいか、よく聞いてくれよ。リストカットにハマる人は、両親から暖かい愛情や保護を十分に受けられなかった人が多い。だが、子供にとって両親とは、保護や愛情をそそいでくれる一番の対象であり、「おうち」的な安逸のイメージと繋がる。彼女たちにとっては、むしろ両親に叩かれたり、殴られたり、あるいは虐待されたりすることが、両親との繋がりを感じ、気に掛けられている、自分を見てくれている、という実感を得ることに繋がるんだ。そういう歪んだ形で「おうち」的な安逸のイメージを持って育った子供は、リストカットの中に安逸を感じることがあるという。

インパクトのでかい症例を一つ。
幼い頃から父親にレイプされていた女性。成長した彼女は、精神的に追い詰められたり、混乱したりすると、シャワールームで手に大量の石鹸をつけ、性器の中を腫れ上がるほど洗うという。これは父親からのレイプの痛みを自らで再現することで、「おうち」的なものや、自分を虐待はしたが時に優しくもあった父親との繋がりを想起させているのだと著者は分析する。もちろんこれらは全て無意識下でのプロセスであり、彼女自身にとって父親から加えられた虐待は「消し去りたい過去」でしかあり得ない。

ここまでインパクトの大きな症例でなくとも、例えば母親に張られた頬や、父親からもらった拳骨や、そういったものが無意識化に刷り込まれ、「おうち」的なイメージに結びつくことがあるという。

これらはアメリカ的な発現の仕方であるとは思う。虐待や行き過ぎた折檻が日本より多いアメリカならではの。日本には日本の説明があるだろうが、いずれにせよ、そういったとんでもなく複雑で入り組んだ人間の心の仕組みを考える上で、大変興味深い一冊。

『アムカ』に話を戻すが、自分が手掛けた芝居の中で、これほど「嫌」という反応を引き出した芝居もない。『マクベス』をやったときに「あなたはどこまで暗い性格してんですか」「もっと明るいこと考えて生きなよ」と言われたことはあったが、生理的に「嫌」というのはなかった。やはりリストカットは生理的に受け入れづらいし、少し考えてみても理解しづらい症例だとは思うが、それだって人間の心を動かしている深くて暗いメカニズムの一部が作用したものであり、誰だって仕組みとして心の中に持っているものなんだ。別に自分が自傷癖であるとか、身近にそういう人がいるとかではないが、自分には彼ら彼女らの気持ちがわかる気がする。この本やネット上の日記やポエムを読んでいて、僕は一度も「わからねえ」と身を引いたことはなかった。

そこまで心を寄り添わせて考えてくれ、とは言わないが、理解が進めばよいなと思う。リストカットと一口に言ったって、狂言や安っぽいヒロイニズムでやっている人間だけではないのだから。

フィオナ・アップルについて

えー、自分が大変好きなボーカリストです。何度か芝居の中で彼女の曲を使っています。どことなく物憂げで壊れてしまいそうな声や、あとアレンジが大変カッコいいので好きです。

彼女も自傷癖を抱えており、カミングアウトもしております。いい曲書きますよ。是非聴いてみて下さい。新譜早く出さないかな。彼女の自傷癖について日本語で詳しく書いているサイトがあったのでリンク張っておきます。

彼女が歌う『Across the Universe』は、ビートルズ版(詞・曲・ボーカル:ジョン・レノン)とはまた違った深みを帯びており、"Nothing's gonna change my world"(何も、何ものも、私の世界を変えられはしない)というフレーズが、胸に響く。良いです。

参考リンク: フィオナ・アップル/自傷 良いカウンセラー悪いカウンセラー