PLAYNOTE ジャッキー・フレンチ著『ヒットラーのむすめ』

2006年07月23日

ジャッキー・フレンチ著『ヒットラーのむすめ』

[読書] 2006/07/23 02:09

「お気に入りブログを五つ選べ」と言われたら、迷うことなくランクインするであろう『Hugo Strikes Back!』にて以前紹介されていた本。ずっと気になっていたのを偶然図書館で発見。衝動、緊張、即座に借りて読んだ。

内容(「MARC」データベースより)

「みんな知らないけれど、ヒットラーにはむすめがいたのよ…」
もし自分がヒットラーの子供だったら、戦争を止められただろうか? 子供達が戦争や親子関係について悩む姿を描く衝撃の物語。オーストラリア児童文学賞受賞作。

オーストラリアの児童文学、らしいが、こんなもん小学生が読んでもわからんだろう。小学校高学年の賢めの子か中学生でようやく、だろうが、どちらかというと「わかった気でいる」大人が読むべき本。「わかった気でいる」俺は、ぐらぐら揺すぶられながら読み通した。

「もしヒトラーに娘がいたら」

こんな空想話を展開する少女アンナ。その話に引き込まれ、自分なりに考え始める少年マーク。

「もしヒトラーのような奴がまた現れたら?」
「当時のドイツの大人たちは、何故誰も気づかなかった?」
「ヒトラーは、当時の人々は、悪いことをしてるってわからなかった?」
「正しいことと正しくないことは、どうやって判断すればいいの?」

マークの純粋な質問を、日常に忙殺された大人たちはいい加減に投げ遣りに答えるが、その実、誰もその答えを持っていない。実際、↑のような質問を子供に投げ掛けられたら、僕らだってきっと「バカバカしい」「あり得ない」とうっちゃるか、「それってこうでしょ?」と学校で習った知ったか知識を披露することで答えたような気になってしまうか、どちらかじゃないだろうか。

マークの幼いが純粋な疑問は、あるはっきりした事実を現代の大人たちにつきつけてくる。それは、人間は大して進歩してないし、また歴史は繰り返すだろうってことだ。「もうねーよwww」とか思ってる限り。主人公・マークも、自分の愛するパパやママやクラスメイトと、第三帝国の極悪人や共犯者たちの共通点を見出して、不安に不安になっていく。この辺の描写がとてもうまいし、怖い。

道徳的、ためになる・勉強になる、というより、シニカルに現代の倫理・道徳の基盤の脆さをつっついており、扱っているテーマの割に説教臭さが鼻につかず読みやすい。一方的に「こうすればいい」「こう考えよう」とご高説を垂れるのではなく、問い掛けだけ残していく形。

何よりも「うまいなぁ!」と感じたのは、ラストが近付くに連れて徐々に明らかになる物語の「仕組み」。少女アンナの語り口を聞くたびに「小学生でこんな知識あって語りがうまい子ってどんなんだよ」と思っていたが、まさかこうまとめるとは! 作者としては現代と繋げるためのカラクリだったんだろうけど、単純に見事に裏をかく展開として興奮を覚えさせられた。途中まで退屈でもラスト読まないと面白さ半減なので、手に取った人は必ず最後まで読み通して欲しい。

「もし自分がマークの父親/母親なら、何と答える?」
と空想しながら読むと、いいんじゃないかと思います。