PLAYNOTE 愛だの恋だのを描けますかドラマは?

2006年05月31日

愛だの恋だのを描けますかドラマは?

[演劇メモ] 2006/05/31 23:23

映画やドラマや演劇で、愛だの恋だのは果たして説得力を持った形で描くことができるんだろうか、と最近考える。視聴率争いに顔を出すようなドラマやTSUTAYAの人気DVDコーナーに並ぶ映画で愛だの恋だのが絡まないものはないが、自分は映画やドラマや演劇で、愛だの恋だのをリアリティを感じながら観た覚えが一度もない気がする。

詩や小説、絵画、その辺とも比較しながら少し考えた。

登場人物は恋に落ちる。映画なら、美男美女のキスシーンと車や飛行機が爆発するショットを予告編に入れとけばまぁそこそこはヒットするだろう、と言うと愚弄しているように聞こえるかもしれないが、メディアそのものを馬鹿にしているのではない。だって実際需要あるし。自分だってずっと画面が暗くて登場人物が念仏や前衛詩みたいな台詞ばっかり言ってる映画より、フォーリンラブとスペクタクルがあるものを楽しんでしまうだろう。

が、問題なのはフォーリンラブの描き方だ。先に「愛だの恋だの」と書いたがこれは一種の照れ隠しで、本当に考えるのは恋の方だ。登場人物は恋に落ちる。が、そこで自分は毎回、「なんでやねん」と思ってしまう。大抵一目惚れだし、ヒロインはそりゃあ綺麗だが他にもわんさか美男美女が出演しているし、「なぜその相手?」と思って悪いか。一言で言えば急なのだが、でもこれってじっくり時間をかければ描けるものでもない気がする。愛に比して恋の何と描きづらいことか。

少しごたくを並べる(中学生に戻った気分で気恥ずかしいが、仕方ない)。愛は感情のある状態であるのに対し、恋は感情の運動である。愛を語る際に動機や契機は必要ないが、恋を語る際にそれは必要不可欠だろう。愛は広く共有しやすい概念だが、恋はひどく個体的・個別的な衝動だ。

例えば、ラブラブなカップルでも老夫婦でも画面に出てきたとき、「あの二人は何で付き合ってるんだろう」「あの老婆は何故未だにあんな朴念仁と添い合っているんだろう」とか、普通思わない。愛は状態であって、その動機や契機が一番最初に気になるわけではないし、そして穏やかな愛情となれば(経験したことがある・ないは置いておくにしても)一般的な尺度から理解できる。愛はわかる。

が、感情の運動である恋の場合、それが動き始める(=フォーリンラブの)瞬間を見ちゃうと、どうしても動機や契機が気になってくる。だが、例えば物を盗む動機とか、人を殺す動機に比べて、恋に落ちる動機だの契機だのって奴は、曖昧模糊として要領を得ない。フェロモンとか性欲とかが大きく作用しているのは間違いないが当然それだけでもないし、人間は、極めて個体的・個別的な形でしか恋に落ちない。それは相手からもらった言葉のせいかもしれないし、一緒にいて培った空気のせいかもしれないし、得体の知れない予感とかそういうもののせいかもしれない。「恋は人間をこう変える」とか「恋に落ちた人間の感情」とかを、ぐっとカメラを引いて一般論として語ることはできるが、「何であの人?」というのは、本人にしかわからないし、本人にすらわからないことだって往々にしてあるくらいだ。

フォーリンラブの動機はそういう意味で語りづらいと思う。そして、動機が語りづらい行動という奴は、(映画・TVドラマ・演劇などを内包した意味での)ドラマが最も語りづらい行動だと思う。結局のところ一般に広く流布している演技論・演劇論という奴は、アリストテレスやスタニスラフスキー、アクターズスタジオの理論から派生したものだ。それらは動機を重視する。そして、それは「理論」だ。理論で補足できない人間の行動は数多くあるし、恋情もその一つだろう。

動機を語る必要のないメディア、または、想像力が大きく介入するメディアでは恋は語り得る対象になる。例えば詩や歌は、動機や背景をすっ飛ばして感情に直に触れることができるし、絵画は感情や状況を抽象化したり、ある詩情や思念を沸き立たせるような色や景色を描くことができるだろうし、小説や舞台化されていない戯曲では、登場人物は頭の中にだけ立像化されるものだからまだ補える。

演劇だって想像力が大きく介入するメディアだ、という声もあるだろう。確かにそうだ。しかし、演劇の場合、俳優と俳優の関係式は、俳優同士が何をどう見せるかに大きく依拠する。部屋の情景や、匂いや、空の色や、そういったものは観客の想像力が遊べる場所だが、人間同士の関係式に関していえば、目の前で俳優同士がこれ以上なく具体的な形で見せてしまっている(そういった関係式自体を抽象化した戯曲ももちろん存在するが、今はそれについては触れない)

* * *

話を元に戻そう。
結局、ドラマでフォーリンラブをきちんと描くことってできるんだろうか? こんなもん、論より証拠だ。いくら理屈をこね回してもどこにも行けないことは自分が一番よくわかってる。

誰か、フォーリンラブを見事に描いたドラマという奴があれば教えて下さい。ただし、上述した通り、あなたにとって共感できたフォーリンラブが、俺にとって共感できないフォーリンラブである可能性はすごく高い。あなたと俺では恋愛観やタイプってものが随分異なるはずだから。もっとも、俺が「あるなら是非見てみたい」と思っているのは、そういう恋愛観やタイプ(=個別的・個体的な衝動)に拠らないフォーリンラブの描き方なんだ。

男と女でも随分違うだろうし、年齢によっても違うだろうし。韓国映画でも観てみるか。だが、TSUTAYAにせよLIVEXにせよ、多分カウンターに持っていくのがすごく恥ずかしい気がする。いや、頑張って見よう。ポップカルチャーの中には、いつだって本物が紛れ込んでいるものだから。ポップポップ!