PLAYNOTE 母校の演劇部を視察して来た

2006年05月27日

母校の演劇部を視察して来た

[演劇メモ] 2006/05/27 02:31
ゲキ部の若人たち
ゲキ部の若人たち

ちょうどいい時間に柏にいたので、母校・千葉県立東葛飾高等学校の演劇部®の稽古風景を覗いて来た。平均年齢17歳くらいだから、俺ともう七つも違うのか! ゲキ部にいた頃がもう七年前。衝撃。年だなぁ。

我が演劇部は弱小部であったため、稽古場というもんがなかった。ためにいつもセミナーハウスという校内施設の和室を使っていた。何せ床が畳なもんだから、走れば滑るし踊れば転ぶ、だが練習に疲れて寝転がるには絶好の場所だったな。懐かしい。

で、どこで活動しているかわかんなかったので、アテ勘で和室を覗いてみたら、やってた(笑)。変わってねー。笑ってしまう。

春の県大会に向けての稽古中。みんな真面目で驚く。これも変な伝統だが、東葛ゲキ部のダメ出しは、演出家以外もばんばんあれこれ意見を言う。俺がやってた頃は演出が完全に不在で役者同士であーだこーだダメ出し合いながらやってたな。

こういうこと書くと現代の演劇人は眉をひそめるかもしれないが、演出家という職能が生まれたのはほんの百年前くらいのことで、それ以前は洋の東西を問わず演出なんていなかったのだ。歌舞伎やエリザベス朝演劇では看板役者や座長が、ギリシャでは作者がそれぞれ演出に近い仕事をしていたようだけれど、独立した「演出」という仕事が生まれたのは本当に最近。演出がいなきゃ演劇ができないなんてわけじゃない(20世紀に成された戯曲・劇場施設などの進歩を考えると、まぁいなきゃ大変には違いないが)

話がそれた。
とにかく皆一丸となってダメ出ししており、感動。いいなぁ。いい芝居作ってやる! っつー根っこがあんだろな。俺もダメ出しを求められたが、ホンも読んでないし演出の方向性もセットも小道具も、それ以前に小屋すらも知らなかったので、一般論だけちらほら喋ってあとはにこにこしていた。

よく漫画やドラマで稽古場にふらっと訪れた大物俳優とか大演出家が、演技を見てその場で一つ言葉を残してゆき雷に打たれたように演技がよくなる、みたいなシーンを見るが、演出はそんな単純なもんじゃねぇぞと言いたい。役になり切るとか役を生きるとか、そもそもそういうことすら否定する演出だってあるわけだし。それに演技もそんな単純なものじゃない。アプローチの方法はいくらでもある。なので俺は黙っておった。

みんな役の感情の繋がりや台詞の自然さをすごく真剣に捉えており、偉いなぁと思った。俺はそもそも人間って奴の正体自体、感情や性格の辻褄なんてないに等しいカオスだぜとさえ思っているから、割とその辺は目をつぶっちゃうこともあるんだが、基本は基本だ。割とハードなシーンをやっていたから、本当言うとあれこれ一緒に考えたかったんだが、まぁ台本初めて読んだんだから仕方ない。

稽古後のシメというかミーティングというかもきちんとやっていて、何だかこっちが勉強させられた気分だ。俺もぜひ愚直になろう。真剣ってのは概して滑稽で醜く恥ずかしいことだが、それがなくちゃ芝居に限らず人間はいい仕事ができないだろう。

現役部員の目からすれば、突然来てにこにこしている謎のOBだったろうけど、大変懐かしかったしいい刺激になりました。ありがとう。あ、いつも都内にまで芝居を観に来てくれて、それもありがとう。今度は俺が春大会を観に行くぜ。志賀先生もご健在だそうで何よりです。R.I.P.越智先生。あぁ懐かしい。

てめーのノスタルジーをネットの公共電波に垂れ流すのはやめろ!! ごめんなさい、書き過ぎました。では。

コメント

投稿者:たまき (2006年05月27日 10:03)

おひさしぶりです。

セミ和風景にやられました。かなり懐かしい。
未だに「流山青年の家」での発表なのかな?とか、
合宿まだやってるのかな?とか
ノスタルジーが伝染しました。

投稿者:Kenichi Tani (2006年05月27日 19:03)

おー、たまき! このブログの存在知ってたのか。何かちっと恥ずかしいな。

セミ和は全く変わってなくて、ノスタルジー云々以前に敷居をくぐって何の違和感もなかったよ。流山青年の家は現在改装中で、今はどっか別んとこでやってるって聞きました。またゲキ部で集まりましょう。