2005年10月08日
新説・シェイクスピアは外交官ヘンリー・ネヴィルだった?

ヘンリー・ネヴィルの肖像
シェイクスピア別人説という奴がある。学のない田舎男だったシェイクスピアが、どうやって古典やラテン語、法律や宮廷生活の知識をちりばめた戯曲群を書いたというのか? 一度も海外旅行をしたことのない彼が、どうしてヴェローナやウィーンの街をあれほど見事に描写できたのか? いやそれ無理、きっと誰か別の男が書いたものを、シェイクスピアの名前で発表したに違いない……。というもの。
過去様々な文筆家や知識人が「本当の」シェイクスピアとして名前を挙げられてきたが、また新説が登場した。「本当の」シェイクスピアは、廷臣であり外交官であったサー・ヘンリー・ネヴィル(Sir Henry Neville, 1562-1615)だった、というのだ。今までとはちょっと毛色が違って面白い。
今までは劇作家とか貴族とか哲学者の名前が挙げられることの多かった「本物の」シェイクスピアだが、外交官が来るとは! 驚いた。
その主な根拠。
- 外交官として大陸を旅したネヴィルの足跡が、シェイクスピアが舞台にした国々とことごとく重なる。ウィーン、ヴェローナ、デンマーク。
- 外交官なので宮廷生活や法律にも詳しい。特に外国語やラテン語に教養が高かったのも頷ける。
- 所々フランス語で書かれている『ヘンリー五世』が書かれる直前、ネヴィルはフランス大使を務めていた(1599-1600)。
- 1601年、失敗に終わったエセックス伯の反乱に関わったかどでネヴィルはロンドン塔に幽閉されている。これはシェイクスピアの作風が旧に深刻なものに変化し、四大悲劇や問題劇を書き始めた時期と丁度符号する。
- 『リチャード二世』のジョン・オブ・ゴーント、『ヘンリー六世・第二部』の Warwick the kingmaker(Richard Neville?)、『マクベス』のダンカン王はすべてネヴィルの祖先であり、いずれも作中で好意的に描かれている。その描写の正確さも、筆者が特別な知識の持ち主であることを物語っている。
- ネヴィルが幽閉中のロンドン塔で書いた文書が『ヘンリー八世』に使われている。
- シェイクスピア作品とネヴィルの書いた外交文書は、文体や語彙が酷似している。語彙の出現頻度を分析した統計的裏付けあり。
- ネヴィルがシェイクスピアのサインを真似ようとして17回も練習をした文書が1867年に発見されている。
ネヴィルの教養や旅行歴はシェイクスピア作品と内容的・技巧的に一致するというわけ。そしてネヴィルは外交官という立場上、政治的な内容を扱った劇を発表すると命が危ういので誰かの名を借りて作品を発表する必要があった。だからストラトフォードという田舎出のシェイクスピアに頼み、彼の名を借りたのだ、というもの。
そこで何故シェイクスピアの名を騙ったのか? という問題だけど、まず、田舎出シェイクスピアのパトロンだったサウサンプトン公とネヴィルは非常に近い関係にあった。また、シェイクスピアの母、メアリー・アーデンはネヴィルの親戚。シェイクスピアとネヴィルは二つの接点があったし、劇団の中心メンバーだったシェイクスピアに白羽の矢が立った、というのは確かに筋が通っている。ネヴィルは立場上発表できない作品を、シェイクスピアの名前を使って世に送り出した、ということになる。
さらに面白いのは、シェイクスピア作品に通算四回登場するフォルスタッフという人気キャラクターとネヴィルの関係。フランス語で "New Town" を表すネヴィル(Neville)の対義語をしゃれて Old Castle とするはずだった、というもの。オールドキャッスル、フォルスタッフ、似てなくもない。また、ネヴィルは同僚から「フォルスタッフ」とあだ名されていた、なんて記述も。憶測としてはロマンがあって面白い。
この論文を発表した二人のコメントを少し。
ルビンスタイン教授:
「ネヴィルの人生とシェイクスピアの作品史を見比べると、二つはぴたりと符合する」
ジェイムズ氏:
「ネヴィルの私的・公的な文書の美しさと優雅さは、シェイクスピア作品にも見られる言語的活発さや創意性を物語っている。彼の手紙を検証していて私は、普通シェイクスピア作品意外では見られない特徴的な語彙や構成を発見した。」
とは言え過去に持ち出された別人説が今ではほぼ完全に否定されていることを考えると、簡単に「ネヴィル氏=シェイクスピア作品の作者」とは行かなさそう。
それ以前にね、もうこれって素人が首突っ込んであーだこーだ言える問題じゃないから、パンピーじゃ検証は無理。ルビンスタイン教授とジェイムズ氏もこの研究に十年の歳月を費やしたそうだけれど、一生をシェイクスピア作品の研究に捧げる研究者なんかイギリスにはごろごろいるわけで、素人が生半可な知識を持ってどうこう言える問題じゃない。と思う。
ベイト教授の反論。
田舎出の、高等教育を受けてない男があの作品群を書けたはずがない、というお高くとまった考え方がそこにはある。どうやって貴族階級の男がストラトフォードの村やシェイクスピアの父の生業だった手袋作りの知識を持てたと言うのだ? シェイクスピア作品の中には皮革や手袋作りに関する技術的な言及が山ほどある。
ネヴィルは高い教養のある外交官にして廷臣だった。ネヴィルがラテン語やフランス語に関して素晴らしい知識があったと言及されているが、シェイクスピア作品に散見されるような基本的な間違いを犯すにはちょっと教養がありすぎるんじゃないですか。
俺も割とシェイクスピアは読んでる方だと思うけど、ごめんなさい、シェイクスピアが手袋作りのやり方について技術的に言及してるとこはさっぱり思い当たりません。ネヴィルが幽閉中に書いたとされる文書や、サインの練習をした紙なんかも目にできるものじゃないし、こんなに面白そうな論争なのに、素人は一切口出しできないんだよなぁ。
こういうニュースが出る度に、「誰が書いたって作品の良さは変わらないからどうでもいいじゃないか」という意見が出るけれど、俺はそうは思わない。作家が判明することによって明らかになるテキスト内の謎も当然あるだろうし、検証材料が増えれば増えるほど今後また新たな発見が加わっていく。ことシェイクスピアほどの大作家となれば、いかにしてあの作品群が生まれたかに興味を持つ人も少なくないし、それを研究することは今後の文学の発展にとってきっと何らかの形でプラスになると思う。
今後の学会のレスポンスと研究の進展に期待。
リンク
いずれも英文。
- Independent: Much ado about identity as scholars claim a diplomat was the 'real' Shakespeare
- Times: Academics split over evidence to suggest new Bard
- BBC: Diplomat 'was real Shakespeare'
このニュースはこちらで知りました。レスポンスの出足が遅れて残念。
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投稿者:可奈 (2005年10月13日 02:39)
はじめまして♪
大学で英文学を専攻している可奈子っていいます。
今日シェイクスピアの課題で検索してたところこのブログを見つけて、留学にも興味があったので早速熟読しました。
面白いし、勉強になりました(*^∀^*)
これからも遊びに期待と思います♪♪
投稿者:Kenichi Tani (2005年10月14日 01:25)
あ、どうもありがとうございますー。結構大学生の課題で利用されてるみたいですね、うちのサイト。俺も大学生なんだけど(笑)。
留学はすっげー無茶苦茶死に物狂いな感じで大変だけど、得るものは大きいですからガッツで。
投稿者:KT (2005年11月14日 01:21)
かなり面白いですね。たまたまオペラについて調べているうちに、ここにたどり着き。もちろんこの内容も面白くて、久しぶりにもう一度作品群を振り返って見ました。“俺はそうは思わない”後のご意見、まさに同感。
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