PLAYNOTE 『マクベス』に登場する門番の謎

2005年09月16日

『マクベス』に登場する門番の謎

[演劇メモ] 2005/09/16 06:15

ヘカテと同様、長年研究者の間で真贋論争が繰り広げられてきたのがニ幕三場に登場する門番です。この重苦しく陰鬱な戯曲における数少ない喜劇的な人物であり、卑猥なジョークを連発することから一座の喜劇役者が勝手に付け加えたのだとする説や、何物かがシェイクスピアに無断で加筆したのだとする説が20世紀初頭までは通説でしたが、今日ではヘカテとは逆にシェイクスピア自身の手による創作として認められています。そして、従来コミック・レリーフ(喜劇的救済)として捉えられていたこのキャラクターが、実は単なる喜劇的人物ではなく中世聖史劇と関連したアイロニカルな機能を果たしており、『マクベス』に見る地上の地獄をキリスト教的な意味合いでの本当の地獄と結びつけるものだとする見方が今日では強まっています。

原文を見ると「門番」はgatekeeperやdoorkeeperではなくporterとなっていますが、これは字義通りの「運び屋」「荷物持ち」という意味の他にラテン語に由来して「門番」という意味を持ちます。聖書を題材にとり職人ギルドのメンバーによって演じられた中世聖史劇には「地獄の門番」というキャラクターが登場しますが、この「地獄の門番」のことを the Porter of hell gate と呼びました。劇中、門番も冗談めかして自分のことを「地獄の門番」と呼び、悪魔の首領ベルゼバブの名を口にしますが、ここまで言えば当時の観客は聖史劇に登場する同名のキャラクターを連想したはずです。

聖史劇における地獄の門番が耳にするのは、善良な魂を解放するために地獄を訪れたキリストによるノックの音です。『マクベス』における門番はどうでしょう。たった今、最も忌まわしい犯罪に手を染めたマクベスの元に、後にマクベスを討ち取り国土に秩序を回復することになるマクダフが訪れます。シェイクスピアはマクベスを悪魔、マクダフを救世主であるキリストに見立てたのです。この遠まわしな隠喩に気づいた観客にとって門番は単なる喜劇的人物ではあり得ず、聖史劇のワンシーンを連想させ同時にマクベスの末路をほのめかすアイロニカルで象徴的な存在として映ったことでしょう。

日本では興味を持たれることの少ない門番ですが、このような聖史劇との対比の他に前述の火薬陰謀事件など当時の社会への言及が多く、非常に興味深いキャラクターです。とは言え本国イギリスでも、いざ上演となれば熟練の喜劇俳優が演じ観客を笑いの渦に巻き込むのが常です。空間的にも時間的にもシェイクスピアから遠くはなれた我々日本人が時としてシェイクスピアのジョークや隠喩を理解できないように、イギリスでもシェイクスピアと現代人との間に流れる時間が観客の受容の形を変貌させる好例と言えるのではないでしょうか。

(※この文章は、明治大学文化プロジェクト2005年公演『マクベス』パンフレットに『謎めいた登場人物2-門番』と題して収録されたものの再掲です。)