PLAYNOTE 『マクベス』に登場するヘカテの謎

2005年09月16日

『マクベス』に登場するヘカテの謎

[演劇メモ] 2005/09/16 06:15

今回の上演台本には松岡和子訳『マクベス』(ちくま文庫)を使用していますが、微小な改訳の他に二つ大きなカットを施しています。ジェイムズ一世の御前公演のために後に挿入されたとされる「王の奇跡」の一節(四幕三場、l139~159)と、ヘカテという魔女の親玉が登場する三幕五場全体および四幕一場の一部がそれです。劇の中盤で登場し、それまでの筋や他の人物と直接関係しないこのヘカテは、現在ではシェイクスピア本人の筆によるものではないとするのが通説となっています。

では、一体誰がこのヘカテのシーンを書いたのか? それは、シェイクスピアの後輩にあたる17世紀の人気作家・ミドルトンであっただろうと言われています。これらのシーンで歌われる二つの歌と全く同じものが、ミドルトン作の『魔女』という戯曲に書かれているからです。この歌の存在が、シェイクスピア以外の手による改作とミドルトンの関与の両方を裏付けています。

改作を断定する理由は歌の挿入だけではありません。魔女の台詞の文体・韻律も他と異なる上、内容にも不審な点が見られます。また、サイモン・フォーマンの日記にある観劇の記録にもヘカテに関する記述はありません。占星学者であり魔女に強い関心を抱いていたフォーマンが、新たな魔女が登場し歌舞が披露されるこの異質なシーンについて一言も触れていないのはやや不自然でしょう。また、『マクベス』の戯曲には厳密に検証すると時系列が逆転している個所が一つあり、このシーンを挿入するために場面の順序を入れ替えたのではないかと言われています。

ミドルトンはほぼシェイクスピアと入れ替わりで国王一座に戯曲を提供し始めた劇作家です。これほど大きな改変に原作者であるシェイクスピアが関与していないのは、この改作が施された時すでにシェイクスピアが故郷ストラトフォード・アポン・エイヴォンへ隠遁していた、あるいは亡くなっていたからだ、とする説があります。いずれにせよ贋作であり劇的にも重要でないどころか夾雑物とさえ言えるこのシーンを残す理由はなく、松岡氏の承諾のもと今回の上演ではカット致しました。

(※この文章は、明治大学文化プロジェクト2005年公演『マクベス』パンフレットに『謎めいた登場人物1-ヘカテ』と題して収録されたものの再掲です。)