PLAYNOTE 史実の中のマクベス2

2005年09月16日

史実の中のマクベス2

[演劇メモ] 2005/09/16 06:15

『ジュリアス・シーザー』『アントニーとクレオパトラ』などのローマ悲劇や、『リチャード三世』『ヘンリー八世』など歴代のイギリス王を主人公に据えた一連の史劇など、シェイクスピアは実在の人物を題材に多くの劇を書いていますが、『マクベス』も例外ではありません。予言や亡霊など超自然的なものが多く登場し寓話的とさえ言えるこの作品が実際のスコットランド正史に取材しているというだけでも驚きですが、実在のマクベスは1040年から1057年まで17年もの長きに渡ってスコットランド王として君臨し、武将としては勇名を馳せ、国王としては善政を敷き、その上、法と秩序を重んじた敬虔なクリスチャンだった…というのだから、驚きも二倍です。

劇中では卑劣な暗殺によって王位を奪い取るマクベスですが、史実の中のマクベスは戦場で先王ダンカン一世を討ち取っている上、母と妻の血筋から王位継承の正当な権利すら持っていました。散り際も見事なものです。王位継承を要求するダンカン一世の長子マルカムおよびノーサンバランド公シーワードの軍と三年に渡って戦争を続けた後、齢50を超えるマクベスは青年マルカムとランファナン近くに残るストーンサークルの中で王位を賭けた一騎打ちを演じ、マクダフではなくマルカム本人の手でその首を落とされたといいます。

ダンシネインの戦いやバーナムの森の野営もこの戦争の初期で実際にあった出来事のようですし、木を掲げて敵の目を狂わすという作戦は歩兵同士の戦いでは未だに用いられることがあるそうです。魔女の存在は史実的にはさすがに眉唾ものですが、これもシェイクスピアの全くの独創ではなく、彼が種本として利用したホリンシェッドの『年代記』という書物に記されています。他にも夫人の後押しやマクベスが背負う罪の意識など多くのエピソードが『年代記』からとられていますが、当時のイギリスではプロットを借用して再創造することは盗作として糾弾されるどころか広く行われていたことですし、シェイクスピアの才能は、史実や歴史書の中に実在した人物を巨大な悲劇的人物として再創造し、筋立てを変えたりエピソードを加えたりすることで実際の人生以上に深く人生をえぐるような戯曲に昇華させた点にこそあったのです。

(※この文章は、明治大学文化プロジェクト2005年公演『マクベス』パンフレットに『史実の中のマクベス』と題して収録されたものの再掲です。)