PLAYNOTE 「感動」という病

2005年06月02日

「感動」という病

[トピックス] 2005/06/02 03:04

いい文章なので是非読んでみて下さい。

さぁ今こそドキュメンタリー番組にブレヒト的異化効果を! 叙事詩的ドキュメンタリーだ! なんて茶化そうかと思ったけれど、割と深い根を持つ「病」な気がして茶化す気が失せた。

以前野田秀樹が「最近はわかりやすいものが増え過ぎてる」なんて語ってた。セカチューとか韓流ドラマとか、見てない俺は批判できないけれど、これらに限らずメディアに溢れ返ってる物語が安直な感動に満ち満ちて満ち満ちて、ぶくぶく肥大化している気がしている。

現代日本の国語教育的な、つまり「主人公はどんな気持ちだったでしょう」的な、同じものを読んで同じように感じることを正解とする、正しい読み方があるとする風潮に一因を求めることはできるだろうか。

いや、そんなことじゃなくて、単純に、景気もどんづまりで青写真もなく、監禁殺害とか幼児虐待とか、援交とか乱交とか柴崎コウとか、そういうリアリティの中で生きている現代人にとって、リアル以上にリアルな、現実以上に真実な物語は要らないんだろう。

真実とは得てしてグロテスクなものである。子供の頃夢中で追っかけたスーパーボールの跳ね方も、子供が生まれるメカニズムも、方程式や化学式で説明されると一度にみずみずしさを失って、乾き切ったリアリティに飲み込まれてしまう。人間関係や歴史における真実なんて、例証するまでもなくグロテスクだ。そういうものを知り過ぎてしまった現代人にとって、グロテスクな真実を語りかける物語は要らない。わかりやすい感動に満ちたファンタジーでいいじゃない。だって物語なんて息抜きなんだもの。

最後の一文が問題なんだと思うな。「物語=息抜き」あるいは「物語=エンターテイメント」。この図式を否定するわけじゃないけど、その側面ばかりが求められて、物語という形式が持つもっと違った形でのパワーが空転している、そういうことじゃないかしら。

ずいぶんと自分勝手な方向に脱線したので、最後にもう一度「感動」という病より引用。

感動はさせてもらうもんじゃない。自分でするもんだ。つまり、感動ってのは能力だ、と思うんだわ。だもんで、「プロジェクトX」のみならず、あの手の「感動ノンフィクション」を見続けている限り、その貴重な能力は鈍化し、摩滅していく一方だと私は思いますです、はい。自分で揺すぶらないで、人に揺すってもらい続けてりゃ、そりゃ古いゴムみたいになるでしょうさ。

鑑賞能力というのは確実に存在する。それは感受性の豊かさとは別の話。誰にでもわかる、誰の心をも打つものも確かにあるけれど、寝椅子に寝そべってとんがりコーン食べながら鑑賞できるものだけがすべてじゃない。TVという一番身近なメディアがどんどん俗っぽくなっていけば、自ずと僕らはとんがりコーン的鑑賞スタイルに傾斜していく気がする。

コメント

投稿者:蒼 (2005年06月02日 06:57)

お久しぶりです。地味にまだ日参させてもらっています。
出版系に夢を抱いていた僕にとって、とても面白い…というか、衝撃を受けました。
真実とは得てして…から始まる一連の文章に、常々悩んでいたことを説明してもらった気分です。
けれど、解決はしていないですね。どうしたらいいんでしょうね。感動が安っぽくなるのはひどく辛いです。
感動はさせてもらうんじゃない、自分でするもんだ。これは「感動は求めるものじゃない」と言い換えられるでしょうか?
ふと気付いたら涙がこぼれている。そんなものが本当の感動なのかなと、朝からそんなことを考えました。今日もがんばろう。

乱文長文多謝です。

投稿者:Kenichi Tani (2005年06月03日 03:08)

キャピタリズムな日本で好きなことを仕事にするってことは、理想をいかに商品にするか、そのすり合わせをどう上手く実現するかってことだよね。「本当の感動」なんて人によって違うだろうけど、君が提供したいカタチの感動と、受容する側のニーズの間に乖離がないか、なければどう埋めればいいのか、ってことではないかしら。

僕は出版に限らずマスメディアには絶望してるタチの人間なので的確なアドバイスはできないと思うけれど、表現やモノ作りをする人間ってのは常に↑みたいな点に気を配るべきだ、と思ってるので書きました。

投稿者:蒼 (2005年06月03日 05:10)

参考になるアドバイスをありがとうございました。
どうしても独りよがりさが抜けない僕ですね('-';
でもニーズに合わせるばかりでは辛いと思ってしまいます。
だからですかね、今年就活でしたが、出版系は見事全滅でした!
大人しくSEの会社に進むことになりそうです…妹さんおめでとうございます。

投稿者:acoyo (2005年06月06日 14:58)

はじめまして。お褒めいただき、嬉しゅうございます。
野田秀樹というと、昔、「わからなくても感動することはできる」と言ってた記憶があります。私もそう思います。そして、その意味がわからなくても感動したことを自分の中で言語化していく作業が、次の感動する力に結びつくのかなあとか思っています。

投稿者:Kenichi Tani (2005年06月09日 03:16)

コメントありがとうございました。「わからなくても…」、実に小劇場ブームの頃らしい発言ですねぇ。全く同感です。

投稿者:search engine optimization vancouver (2012年01月13日 08:42)

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