PLAYNOTE ピーター・ブルック演出『マラー/サド』

2005年05月02日

ピーター・ブルック演出『マラー/サド』

[演劇レビュー] 2005/05/02 23:38

1964年にロンドンで初演された作・ペーター・ヴァイス、演出ピーター・ブルックの『マラー/サド』のフィルムバージョン。日本では映像は発売されてないと思ったんだけど、WOWOWで放送されたビデオを演出論という講義の先生が持っていて、無理を言って貸してもらった。

最高! の一言。ずーっとアルトーの演出論を追っていた自分にとって、最も優れたアルトー演出論の舞台化と言われるこの作品の映像には教わるところが多かった。

まず驚くのが音。叫び、ささやき、つぶやき、早口、遅口(?)、楽器のように使われる声と、歌、演奏、院内の器具や壁を打ち鳴らす音など台詞のように語る音。アルトーは声を言葉としてより音として使うことを強調した人だけど、こうして具体例を突き付けられるとよりイメージが鮮明になる。

ジェスチャーやポーズを強調した演技もGood。キチガイによって演じられるメタシアターであるヴァイスの戯曲はこの点を実験するには持って来いだなぁ。シアトリカリズムに遊んだとも言える身体を駆使した見立ての演技は演劇の面白さを再認識させてくれる。

映像化によって随分舞台の興奮と熱狂と臨場感が削がれているはずだけど、にも関わらず感覚への直接攻撃を仕掛けてくるブルックの演出の計算された力強さは伝わってくる。手放しで絶賛。ぶっちゃけ、戯曲の筋や台詞はあまり追ってない。それでもハートに響いてくるのさ、人間性の何がしかを謳い上げたこの舞台の力が。

ごめん、全然言葉にならないけど、すごいよかった。どうしようもなく素晴らしい作品を前に言葉は完全に無力だ。演劇が言語への服従から開放されることを願ったアルトーの血を引く舞台を前に、言葉を尽くしても無意味ではあるのだけれど(そういえば、ブレヒトの影響も散見されて実に興味深い)

コメント

投稿者:ユキ (2005年05月03日 00:10)

岸田先生?
私去年岸田先生の授業受けて、後期の最後の方の授業はやること全部終わっちゃったっぽくて「マラー/サド」とかピーターブルックを追ったドキュメントのビデオを見ていたよ。
あの先生ビミョーに話していることの中に毒があって好きだったなぁ。

投稿者:Kenichi Tani (2005年05月03日 03:12)

ブルックの「マラー・サド」は向こうの図書館にも入ってなかったから観たかったんだよねー。あの先生雑談の方が本題より長いんだよな(笑)。

投稿者:モトヤマ (2005年05月03日 23:29)

>ユキちゃん
岸田先生の最後の方のビデオの授業は、やること全部終わっちゃったわけではなく、あれが、ブルックを語る上で必要だったからだと思うよ。まさに「百聞は一見にしかず」。演劇を言葉だけで語ることは難しく、映像を提供したほうがいい場合があると思う。
>谷
『マラー/サド』は俺も観たけど、あれはすごいよな。
余談だけど、たしか、この題名を略さなければ、『マルキ=ド=サドの演出によりシャラントン精神病院患者によって演じられたジャン=ポール=マラーの迫害暗殺』みたいな感じだったと思う。ギネスにも最長の映画のタイトルとして載ってんじゃないかな?

投稿者:Kenichi Tani (2005年05月04日 00:17)

特にこの『マラー・サド』はアルトーの文脈で語られることが多いように、文学というより感覚の演劇。ビデオ見なきゃわかんねーよなー。ナマで観たかった。

投稿者:えりこ (2005年05月04日 20:49)

私、これ高校の時の授業で演じたな。先生にこのビデオもちょっこっとだけだけど観せてもらった。ちゃんと観たい。精神患者の役だったけど、演出はこの感じに近かったと思う。体を極限まで使って声を駆使して駆使して、って感じだった。役者にとってこういうのを演じるのは、ものすごい自己満足だろうけど快感以外の何者でもないと思う。すごい量のエネルギーが体から出て行くのを体感できるから。

投稿者:Kenichi Tani (2005年05月05日 20:18)

へぇ、イギリスの高校ではこんなの授業で扱うのか。すごいなー。自分は役者志望じゃないけど一度こういうのぐあーっとやってみたいなって願望はあるなぁ。