2005年02月22日
ブログブームを考える
最近ものすごい勢いでクラスメイトのブログが増えている。せいぜい40人程度の小さなクラスで、先月くらいから増え始めてすでに10人目というからすごい。実に25%? 狂ってやがる(「友達のブログ紹介」の記事に、さやかめと☆子の分を追加しておきました)。
すさまじい勢いで俺の周りにも押し寄せているブログブーム。というわけで、昨今のブログブームを今さらのように分析してみる。
最近うちのクラスで突如ブロガーが急増した理由は、「友達につられて」は当然として、「学校が休みで暇」「就活中で孤独」みたいな感じらしい。最後の理由は俺もイギリスでさんざん孤独なのでよくわかります。
この辺は、ブログをメディアやホームページ作成ツールとしてではなくコミュニケーションツールとして考えるとしっくりくる。
『旅と現代文学 - ブログを考える』で指摘されている通り、以前は個人の日記は子供の写真集と並んで「誰も見ないからヤメロ」と諭されるウェブコンテンツの代表格だった。同サイトより引用。
僕が思うのは、「日記でもいいんだよ」と言ってくれるのを待ってた人たちがいて、それでブログがこんなに流行ったんだろうなということ。「個人の日記サイトなんて誰も読みたいと思いません。作るだけ無駄です。」ってWebサイト作成アドバイス系ではさんざん言われてきたわけです。日記以外のコンテンツを充実させなきゃ見に来てもらえないよ、と。
でも結局日記くらいしか書けるものがなかったんですよ、僕たちは。
「アカの他人の日記なんか誰が読むか」。これが今までの通説だった。が、「アカの他人」でないなら事情は一変する。友達やネット上の知人の日記なら、文章の上手下手やネタのレベルは問題ではない。「執筆者その人」に興味があるわけだから。
友人・知人に知らせず匿名で書いている人も大勢いるが、「日記を書いて何が悪い」という日記容認ムードを広めた意味でブログ登場の意味は大きい。SEO適正やトラックバックのおかげで割と簡単に読んでもらえる、というのも、ブログが支持される大きな理由だろう。
さらに一歩踏み込めば、ポケベルや携帯メールが、電話や実際に会うのとは形も意味合いも違うコミュニケーションの在り方を提供したように、日記ブログは一般的なネットユーザーに今までと地平の違うコミュニケーションを提供したと言っていいと思う。
PC音痴な人でも使えたネットコミュニケーションの手段、といえば、今まではメールや掲示板が主だった。そこに最近ブログやSNSが加わりつつあるわけだが、「メッセージ」が中心だったメールや掲示板のコミュニケーションと違って、ブログの中心はあくまで「自分の文章」、SNSは「自分のパーソナリティ」だ。この点がかなりブームの追い風になっている気がする。
自分の日記を人が読んでコメントを残していく、という感覚は、メッセージとして書かれたメールや掲示板への書き込みに相手が返事をよこす、というのとは質的に異なる。メールや掲示板のようにダイレクトに相手に向けられるメッセージには、返事がついて当然。だが、独り言のように書き込まれた日記に、友達やネット上の知人が自発的にコメントする。この辺でブロガーは、「私って注目されてる」「気にかけられてる」的な満足感を感じるんじゃないだろうか。
「注目されてる」「気にかけられてる」満足感以外に、忘れてはならないのが「表現欲求の充足」だろう。デザインをカスタマイズし、自分の好きな記事を書いていく箱庭的な楽しさの中には、確かに表現欲求を満たしてくれる何かがある。「文章を書く」というのは誰にでもできる表現だが、日常生活で自分の書きたいことが書ける機会、それを誰かが読んでくれる機会は皆無に等しい。
時事ネタだろうがプチ人生論だろうが愚痴だろうが何でも気軽に書けて、友達もコメントしてくれる。表現欲求も孤独感も、ちょこっとだけ満たされる・癒される。これってちょっと気持ちいい。
ウェブサイトは持つには重い。クラスやサークルの掲示板にみんなで書き込むのとも違う。でも自分のサイトを持ってみたいし、自分のセンスや考えを誰かに見て・認めてもらいたい。あわよくばコメントも欲しい──。そんなニッチな欲求への一つのレスポンスとして、ブログはかような成功を収めたんではないだろうか。
…なんて推論しちゃうよ? ご意見・ご感想はコメントかトラックバックで。
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- blogの二面性 (『log for logs』)
前回、前々回とあげた文章から関連性があるのだが、なぜblogを書くのかという根本的な部分を考えてみた。いや、考えないとこの後に続けて行く事が自分として納得がいかないからだ。 その前にblogの大前提として、自らの日々の生活なり経験に即した時系列の上で成り立って...(2005年02月23日 18:35)




投稿者:空白の人 (2005年02月22日 22:05)
知識・思い出・ネタのノートのため
と
身内向けの生存確認のため
にサイト持ってる俺は、この推論から外れるんだろうなぁ…
投稿者:Kenichi Tani (2005年02月22日 23:01)
ここでしてんのは「ブームの大勢の推論」ですから。
投稿者:しのぶ (2005年02月23日 02:19)
「知識・思い出・ネタのノートのため」に近いですよ、私のサイト。自分の頭の整理をしてくれるから。アルバムを作るよりもブログ、っていう人も多いんじゃないかな。場所を選ばず色んな人に見てもらえるし。
投稿者:☆子 (2005年02月23日 08:27)
教えに来ようと思ったらいつのまにか紹介されてる!知ってんだったらなんかコメント残していけっつーの。
難しいことはわからないけど、あたしは単純にみんながすげー楽しそうだからはじめました。こぶたは寂しいと死んでしまうんです。
でもネット上の匿名性というものは非常に怖いし、自分の書くことにも責任を持たねばならないと感じております。なんてまだ一回しか書いてないけどさ。
投稿者:Kenichi Tani (2005年02月23日 10:08)
>しのぶ
しのぶが掲示板からMTに切り替えたのは、ノート的なサイトの性格を考えると理に適ってるよね。上で書いてる日記的なブログよりもWeb-logっていう原義に近いことをやってるし。
>☆子
俺実名出してて2chに晒されたり他所で叩かれたりしてるけど、今のところ実家に特上寿司の注文は届いてないみたいだし、個人サイトであんまびくびくすることないと思うよ。女の子はまた違うだろうけど。いい加減にやればいいんだ。
投稿者:たまぢ (2005年02月23日 16:22)
☆子ほど何も考えずにだだだだ意味のない日記書いてる私です。
私は楽しそうだしなんか寂しいし自分の思ってたこととかの記録になるからいいなって思ったな。
手書きの日記がなかなかいろんなとこに書いちゃって収集つかないから。2chで叩かれたりすんだ?!何でも叩くねあのサイトは。皆いろいろ溜まってる多い世だからねえ。きょえー。
投稿者:Kenichi Tani (2005年02月23日 16:55)
俺も書いてるのは記録の意味合いが一番大きい。「未来の自分に向けて発信」って誰かがどっかで書いてたけど、まさにそんな感じ。
2chでは叩かれてないよー。晒されただけで。叩かれたのは他所で。2chに荒らされるサイトは荒らされるだけの理由があるとこがほとんどだからねぇ。
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