2005年01月17日
ジョルジュ・サンド『アンヂアナ』
フランスの女流作家が「ジョルジュ」という男性名に仮託して書いた作品。愛されることを知らない女と男、愛することをしらない男、そもそも愛とは何であるかを知らない男、の四人を中心に、過剰なまでの皮肉と風刺を交えて語られる上下二巻の大作。
まず、長い。スケール感をかもし出す感じの長さではなく、闇雲な長さ。世評や箴言のために小説を書いているんじゃないか、と思うほど余分な記述が多い。題材・プロットの力強さは文句ないんだが。
クライマックスのラルフの告白シーンが見物。実に20ページ以上にも渡る独白。シェイクスピアだって書かないぞ、こんなの。二人の愛の成就のためにラルフの内生活の告白が必要なのはわかるが、それまでおくびにも出さなかった(と言うよりはむしろ慎重に言葉を重ねて読者の邪推を退けていた)秘めた愛を最後でまくしたてるのは、完全に構成上の欠陥である。作者は最初二人を自殺させるつもりで書いていて突如ラストを変更したそうだけど、いずれにせよこんなとってつけたようなフォローでは用をなさない。一ページ目から筆を入れる必要性があったのは火を見るより明らかだ。
とはいえ作者の入念な人物研究と、その執拗なまでの描写は評価に値する。これだけのディテールを備えた人物像を創造できる作家はそうはいない。が、やはり大作には一歩届かない感触が残る。よく描けた肖像画ではあるけれど、横顔や後姿はちらりとも見えない。一面的なのである。
キャラクターについて。
- ラルフのねちっこさに腹が立った。
- アンヂアナの盲目的な愛と純真も、白すぎる肌が美しさよりもその不自然さ、不健康さを感じさせるように、共感や愛着は持てなかった。
- 大佐の描写は一面的ではあるが、一面しかない人物なのだから文句は言わぬ。
- レイモンが最もよく描けていたように思う。思いつめた手紙を書いた三日後にスコーンと全部忘れて別の女との結婚の皮算用を始めている辺り、笑わせてくれる。頭が回り、弁が立ち、眉目秀麗、だが自分について一つも了解していない、という人間像は、なかなか凄みがあったように思う。
現代の視点からこの小説をどう評価すればいいのかはよくわからない。フェミニズム文学の走り、なんて札をつけたって文学史家の標識として機能するだけだし。『人形の家』のノラのように自覚ある反抗者としてではなく、ただ恋情に流されっぱなしで破滅していくアンヂアナ。『女の一生』に迸る生の力、人間の野性的なまでの力強さとそれを取り囲む不条理。うーん、やっぱり、佳作どまりかしら。
Trackback
Trackbackしようぜ
この記事に関連する記事を書かれた方は気軽にトラバって下さい。
Trackback URL: http://www.playnote.net/mt/mt-tb.cgi/324
- ジョルジュ・サンド(作家) (『 るる☆女を語ってみました。』)
愛は存在する。幻ではないわ。今の私にはわかる。愛の存在を素直に認めて、謙虚にならなくては。私たちは、若さの驕(おご)りで、愛を逃した。長い歳月の末、やっと気づい...(2005年08月10日 01:22)






コメントを投稿する