PLAYNOTE 黒澤明『羅生門』

2004年12月02日

黒澤明『羅生門』

[映画・美術など] 2004/12/02 18:12

図書館で借りて観た。カウンターで注文票書いて渡したら、間違えて渡されたのは『スパイダーマン』。おい!

「いや、これじゃないんで」
「あらそう? あの棚、こればっか借りられてくから、てっきり…」

みんなスパイダーマンとか観てんのか。俺もそういうの観ようかしら。

タイトルこそ『羅生門』だが、実際には芥川龍之介の名短編『藪の中』を原作にした90分ほどの作品。1951年にヴェネチア国際映画祭・金獅子賞(グランプリ)およびアカデミー賞特別賞を受賞、「日本映画を全世界に注目させるきっかけとなり世界にクロサワの名を知らしめた傑作」だそうだ。三船敏郎が観たかったから借りた。

白黒映画にしかない美しさ、ってあるよね。黒澤、「竹の葉っぱに墨汁の霧を吹きつけ」てまでしてその映像美を追求したらしい。京マチ子の妖艶な美しさ、荒れ果てた羅生門に叩きつける雨、藪の中に閃く白銀の剣。超ビューティフル。

昨日観た『乱』はカメラの動きを抑えて随分演劇的な見せ方をしていたけど、こちらはもうぶんぶんカメラ動かして、カメラワークによる映画の妙をこれでもかと発揮。もちろん1950年の作品だから技術的にそんな高度なことはしてないけど、フォローの仕方やコンテの切り方がもはや入神の域。映画的手法は半世紀前にもうほとんど完成していたのだなぁ。

が、原作に強い思い入れを持つ芥川ファンの俺としては、脚本にかなりの不満を感じた。

第四の話者を登場させることによって、原作の読後に感じるあの強烈な不条理感が完全に殺されている。事件に目撃者を導入し、真実を断定することで実にプレーンな仕上がりに。薄っぺら。原作の醍醐味はない。

さらに、『羅生門』の下人にあたる男が逃げた後の杣売と法師のやりとり、「これで私も人間を信じることが出来そうだ」という台詞、何と浅はかなことか。こんな安っぽいヒューマニズムをお尻にくっつけて、「原作:芥川龍之介」とは笑わせる。

幼少時に母の発狂を経験し、以来ずっと「俺も狂っているのか?」と煩悶しながらも筆を握り、井戸の底を見続けて顔を上げることができずに死んだ芥川。この映画のオチは映画ファンの間では「黒澤ヒューマニズム」として認められ、賛辞さえされているようだけれど、ぬるい。『乱』とは比すべくもない。

『乱』の公開は1985年。『羅生門』の実に35年後だ。黒澤明、35年間もこんな人間不信に悩まされてよく命を絶たなかったもんだ、と思ったら1971年に自殺未遂してんのな。映画化してる文学作品も、ドストエフスキー(暗い)、芥川(真っ暗)、シェイクスピア(真っ暗闇)…。自殺未遂も合点が行くなぁ。

とは言えちゃんばらシーンも格好いいし、白黒映画の中では間違いなくトップレベルのクオリティ、黒澤映画史の中でも重要な作品だから観て損はない。ただし、観るなら原作を先に読んでから。俺は原作の方が二十倍くらい好きだ。

コメント

投稿者: (2005年10月15日 08:21)

何じゃ、このヘタクソな文章は。
えらそうにブログやるんじゃねーよ、お坊ちゃんが!
ふっ!

投稿者:Kenichi Tani (2005年10月15日 09:35)

↑自分の好きな映画に否定的なことを書かれて特に反論も思いつかずとりあえずマジギレしている恥ずかしい人発見

投稿者: (2006年03月06日 21:48)

>真実を断定することで
断定できてたんですか?なら真実を教えてほしいですね。

>さらに、『羅生門』の下人にあたる男が逃げた後の杣売と法師のやりとり、「これで私も人間を信じることが出来そうだ」という台詞、何と浅はかなことか。こんな安っぽいヒューマニズムをお尻にくっつけて
あのラストシーンをそんな風にしか感じれなかったんですか?ただの「いい話」にしか…。あのシーンで自分をふるいに掛けてみてくださいよ。

投稿者:キリン (2006年12月03日 17:27)

>こんな安っぽいヒューマニズムをお尻にくっつけて

杣売がただの良い人だったら、確かにそうでうよね。

でも「羅生門」のキモは赤ん坊から着物を奪った男を
非難した杣売も女の刀を盗んでいた泥棒だったという所です。

所詮、人間は他人を偉そうに批判しても
自分の都合しか考えない嘘つきのエゴイストばかりなのだ
というのがこの映画の第一の結論です。
(杣売の視点で見ていた観客にも、お前らもこいつと同じなんだぜと刃を突きつける恐ろしい映画です)
むしろアンチヒューマニズムです。

人間はみんな醜悪な存在だと認めたうえで
この映画はその前に進もうとします。
「乱」のラストシーンもこの映画のバリエーション
だと思います。

投稿者:1084 (2011年08月31日 16:55)

えらそうな事を言えるのなら、芥川さんの羅生門に手を加え、こうするべきだと言うべきではないですか?
羅生門のラストシーンをあんな軽率にしか読み取れないあなたの頭では
無理なことかもしれませんが、お願いします。
とても深い話ですよ。
何度も読み返してよく「理解」してください。
ちなみに私は阪神淡路大震災があった年に産まれた
高校2年の男子です。
多くの作品を「見る」力はあるのですから、
次は「理解する」力をつけるべきだと思います。
理解して批判する。これが大切ですよ(笑)

メールアドレス張っておきます。返信まってます(笑)

投稿者:Kenichi Tani (2011年08月31日 17:10)

具体的なこと一つも書かずに議論を吹っ掛けてる気分になれてるんだから、幸せな人ですね。あなたの年齢なんかどうでもいいし、改行や句読点、かぎかっこの使い方、パラグラフの組み立て方なんかから、貧弱な知性をぷんぷん感じてとてもお相手する気になりません。だいたい、「えらそうなこと言うなら代案を出せ」なんて、野球解説者に向かってじゃあお前155km/h投げれんのか、とかいうのと変わらないレベルの因縁ですよ。

もし本当に高校生なんだとしたら、真面目に勉強した方がいいですよ。学校のお勉強じゃなくて、それこそあなたの言う批判力について。ネットの回線切って図書館でも行きなさいな。

投稿者:1084 (2011年08月31日 17:33)

もう一度自分の書いた文章を読み返そうと思い、このページを開いてみたら
なんとも早い返事ありがとうございます。
お仕事の邪魔にならなかったでしょうか?


たしかに句読点に触れられると痛いです。
しかしかぎかっこは強調したくて使いました。
今まさに勉強中ですが、いずれあなたの文を論破することは可能でしょうね。
すこし肩の力を抜くことができます。

>野球解説者に向かってじゃあお前155km/h投げれんのか

この議題は違いますね。

私はどういったところが違うのか手を加えて説明すべき
そう言ったはずなんですが。
野球解説者はどこが今どうなっているからこうなのだ
と、解説してくれています。

また来ます。

投稿者:Kenichi Tani (2011年08月31日 17:58)

本質的に言って、個人のブログで映画に関して感想・意見を述べた文章に対して、
> えらそうな事を言えるのなら、芥川さんの羅生門に手を加え、こうするべきだと言うべきではないですか?
という批判をすること自体が的外れだと言ってるんです。「べき」なんて、趣味でやってるブログの内容について、どうして人から言われなきゃならないのか。この時点であなたの批判(らしきもの)に有効性を感じません。

あえて親切にあなたの最初の投稿を要約すると、
・より良い翻案を示してみろ
・お前には読解力が足りない
・あとは罵倒のみ
という酷い内容になっています。「お前は読み取れてない」「浅い」とひたすら上から振りかぶっているものの、何が読み取れていないのか、どこを解釈できていないから浅いのか、そこのところが全く明示されていない。批判として非常にお粗末です。内容がないと言っていい。

つーか、
> えらそうな事を言えるのなら、芥川さんの羅生門に手を加え、こうするべきだと言うべきではないですか?
という文章と、
> 私はどういったところが違うのか手を加えて説明すべき
という文章、論旨が随分異なるように感じますが、いかがですか? そもそも「手を加える」という慣用表現が適切に使われているかどうかも僕にはよくわからない。前者の文章は、「それならば芥川のより良い翻案をしてみたまえ」と読めるし、後者の文章は、「違いの説明」について書かれています。読解できません。僕の頭が悪いからではなく、日本語として不足があります。

> お仕事の邪魔にならなかったでしょうか?
ちょうど今、戯曲翻訳の仕事で煮詰まっていたところだったので、いい息抜きになりましたよ。気が向いたらまた返信しますが、自分の大人げなさも含めて、実にくだらないやりとりですね。

投稿者:1084 (2011年08月31日 22:50)

とても怒っているのが目に浮かびます。
矛盾がありますね。
勉強しなおします。

>自分の大人げなさも含めて、実にくだらないやりとりですね。
私は自分の能力を試すいい場になりました。
ありがとう。
きちんと言葉をならべられるようになってから
またきますね(笑)

投稿者:Kenichi Tani (2011年08月31日 23:04)

何だよただの煽りかよ。(笑)で余裕を演出とか、テンプレ過ぎてうんざりするな。すこしは自分の頭で考えろや唐変木が。ありがとうとかいらないから、顔真っ赤にして反論してきてくれりゃ少しは面白いのにな。はいお疲れ様でした。