PLAYNOTE シェイクスピアは何故悲劇を書き始めたのか

2004年11月26日

シェイクスピアは何故悲劇を書き始めたのか

[演劇メモ] 2004/11/26 18:57

1600年くらいからシェイクスピアの作品が急に暗くなって、いわゆる四代悲劇とか問題劇とか、人間の輪郭を暗く刻んだ劇が突然増える。この時期の作品にありありと見えるシェイクスピアの人間不信。何があったのか?

1596年に一人息子ハムネットの死んだことを挙げる人もいるけど、当時の子供の死亡率(何パーセントか知らんけど高いだろ)を考えるとそれもなさげ。作品の中にも直接的な反映は見られないし、1597-1599の間に『お気に召すまま』『空騒ぎ』『ウィンザーの陽気な~』などを書いていることも加味すると、ちょっと無理がある説。

どれ、と思ってWikipediaを引くと、

In 1596 Hamnet died; he was buried on August 11, 1596. Because of the similarities of their names, some suspect that his death provided the impetus for Shakespeare's The Tragical History of Hamlet, Prince of Denmark.

なんてもっともらしく書いてあるけど、そもそもハムレット伝説自体がスカンジナビア半島に伝わる古い伝説なんだから、こじつけのように思えてならない。まぁ息子が「ハムネット」だって聞いたら、誰でもあの陰鬱王子を連想せずにはいられないんだろうけどさ。

作家の生涯から作品に影響を与えた因子を探る、みたいな手法は今や文学研究の常識になっていて(俺は大嫌い)、ちょっと有名な作家は解題とか解説とか称して文庫本の巻末でライフタイム丸裸にされてるわけだけど、シェイクスピアは探ろうにも息子の死とか結婚とか地所の購入とか、当時教会に保存されていた程度の情報しか残ってないからお手上げ。ことシェイクスピアに関しては、作家研究はどこまで行っても憶測の域を出ない。

が、息子の死とか叔父・母親の裏切りとか、そんなドラマチックな出来事ばかりが人間を変えるもんじゃない。平坦な道を歩いていてつまづいた経験が誰にでもあるだろうし、ふと作った小さな火傷がその後一週間も二週間も痛み、書き物の邪魔になった、なんてこともよくあること。

絶望も希望も生きるも死ぬも、すべては小さな偶然のさじ加減次第。
リア「人間は、神々に弄ばれる玩具に過ぎないのか!」
そうだよ、もうろくじじい。お前、そんなことも知らないで、どうして今まで生きてこれたんだ。

他人のちょっとした言葉や態度でどん底まで落ち込んで、あの手この手を尽くしても立ち直れなかったと思ったら、電車の中で子供が被ってたぷーさん帽子を見て一気に心が氷解したり、「ちえのわ」に熱中してるうちに忘れちゃったり、朝起きたらどうでもよくなってた、なんてこともある。

何でもかんでもドラマみたいにいかないわけだから、ミスター・シェイクスピアがどうして突然インクにあんな深い黒を混ぜ始めたのかは、今となっては誰にもわからないわけだ。

世の中や人生を因果を頼りに眺めても、見えてくるものってそんなにない。そして、そんなわけわかんねー世の中を、何とか気が狂わないですむように解釈して見せるのが、劇作家や宗教家や哲学者や政治家の仕事なんじゃないかな、と思う。