2004年10月06日
イギリス現代劇、IN-YER-FACE THEATREとは
日本語で紹介しているサイトが一つもなかったのでメモ代わりに。In-yer-face Theatre について。
90年代以降のイギリスにおける一大演劇ムーブメント。大胆過激な台詞とビジュアルを用いて観客にショックを与え、あたかも自分が同じ出来事を経験しているかのような感覚を引き起こす。テーマも堅苦しい政治劇ではなく、個人的でサイコロジカルなもの、特に現代の若者たちの姿を過激に描いたものが多い。
95年1月、当時若干23歳だったサラ・ケインが Royal Court Theatre で『Blasted』を上演して以来急速に広まった。イギリス国内ではマーク・レイブンヒルやアンソニー・ネルソンといった優れた書き手を生み、ブームはアメリカやヨーロッパにも飛び火。アメリカではフィリス・ナジなどが有名。
ちょっと演劇に詳しい人なら、ここでジョン・オズボーンの『怒りを込めて振り返れ』を思い出すのではないだろうか。1956年、当時まだ劇場がジャラジャラに着飾った上流階級がお上品な芝居をお上品に観る場所だった頃、とにかく怒りに怒った労働者階級の荒んだ生活を舞台に乗せて観客の総スカンを食らったオズボーン。後に「怒れる若者たち」の世代を生んだこの劇は、イギリス現代劇のスタート地点としてよく引き合いに出される。
が、In-yer-face Theatre においては、表現はもっとダイレクトで大胆、過激、時としてやり過ぎ。レイプあり暴力あり食人あり。マーク・レイブンヒルの代表作はタイトルからして In-yer-face で、その名も『Shopping and Fucking』。図書館で検索すると "Shopping and F**king" と出るのが笑える。
IN-YER-FACE THEATRE.COMではこれらの劇の特徴を、「観客の襟首を引っつかみ、ガンガン揺さぶってメッセージが伝わるまで離さない」
ような演劇と喩えている。同サイトによれば In-yer-face Theatre はイギリスのメジャーな辞書であるOED(Oxford English Dictionary)にも載ってるらしく、そこでは「あからさまに挑発的で攻撃的であり、(観客は)無視することも逃れることも不可能」
と定義しているようだ。どっちもすげー表現。
日本で言うと誰が近いんだろう? というところで長塚圭史を思いついた。In-yer-faceの連中ほど過激ではないにせよ、日本の若い劇作家の中では似た地歩を固めているんじゃないか。文章力も構成力もあるし、たまに趣味を疑うようなどぎつい演出とかもあるし。こないだ演出を手がけた『ウィー・トーマス』の作者・マーティン・マクドナー(イギリスの現代作家、昨年オリヴィエ賞を受賞)も、上記サイトによれば In-yer-face Theatre のビッグネームに名を連ねているようだし。
ゼミでは「観客を眠らせないためにショッキングにしてるだけ」「どぎついだけで筋やキャラクターが貧弱では駄作」などシビアな意見もあったが、おおむね好まれている様子。『Blasted』はみんな最初わかんなかった、屑だと思った、と言ってました。よかった、俺だけじゃないんだ。
日本においてこういう劇が流行るのか、というと首を傾げてしまう。こういう過激なことやってる劇団はあるにはあるけどメインストリームにはなってないし、ライトタッチのナンセンスコメディみたいなのが主流の現状はしばらく続くんじゃないかなと思う。
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投稿者:しのぶ (2004年10月07日 03:28)
長塚圭史さんは違うと思います。そんなに過激じゃないし。「あからさまに挑発的で攻撃的であり、(観客は)無視することも逃れることも不可能」というのだと、ゴキブリコンビナートかポツドールじゃないかな。両方ともまともには観た事ないけどね、私は。
投稿者:Kenichi Tani (2004年10月07日 12:19)
確かに全然マイルドだけど、「ライヒ」「十字架」「ポルノ」辺りは似た要素あると思う。In-yer-faceって言ってもBlastedは極端な例だし。あくまで似た地歩ってだけで、意図や出来上がった舞台は離れるところが多いのは確か。でも暴力性と文学性という点では相通ずるものがあると思う。
ゴキコンは未見。ポツドールは記事書くとき頭をよぎったけど、最近別な方向行ってるみたいだし一度しか見たことないから言及を避けました。また観たいな。
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