PLAYNOTE サルトル『蝿』

2004年02月04日

サルトル『蝿』

[読書] 2004/02/04 17:12
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パイプとサルトル

実存主義の哲学者として有名なサルトルが物した戯曲。白水社『現代世界演劇 5』収録。唐十郎がサルトルに大きく影響を受けていると聞いて読んでみた。アイスキュロスのオレステス三部作の翻案だが、筋立てがサルトル流にアレンジされていて面白い。

そもそも「復讐女神(エリニュエス)=蝿」という図式がすごい。幕開け、場所はアルゴスの街。あちこちに異常な量の蝿がたかっている。王妃クリュタイメストラが、情夫アイギストスと共謀して王であるアガメムノンを殺したからだ。殺された人間の怨念が渦巻く街。それを生々しく視覚化する蝿。蝿は腐臭の視覚化であり、そして復讐女神の具現した姿でもあるのだ。

サルトルは、クリュタイメストラとアイギストスの罪を見過ごした民衆を批判する視点を持っている点でも独特だ。民衆もアイギストスらと同様、犯した罪に脅え、断罪と死者の怨念を恐れている。クリュタイメストラとアイギストス、そして国民らが、同じ犯罪者としての共同体意識を持つことでアルゴスの街は成り立っている。…すごい設定だ。

ところでこれってもしかして、1938年のミュンヘン会談を皮肉ってるんだろうか?

ミュンヘン会談でイギリスとフランスは、ドイツに対しズデーテン割譲を認めた。表立った対立を避け、とりあえずの和平を優先したのだ。これは当時の英仏の「融和政策」の代表例として最も有名な話。もちろん英仏のこの決定がドイツに勢いを与え、世界が二次大戦へ転がり込む一つの契機となったことは言うまでもない。

この協定が結ばれた時、知らせを聞いた英・仏の国民はこれを支持し、平和だの融和だのと言ってお祭り騒ぎだったらしい。二次大戦が起きてしまった背景には、両国民の楽観的な政治的態度があったというわけ(世界史は門外漢なので嘘があるかも。あったら教えて)

『蝿』が書かれたのは1943年。ドイツ軍占領下のパリである。当然、融和政策をはじめとする1930年代のフランスの政策が猛烈に反省されていた頃合だろう。さらに、当時のパリではレジスタンス運動が激化していた。かつての自分たちの政治的無関心、あるいは判断ミスを悔恨する向きは多かったはずだ。

ここに当時のパリと『蝿』におけるアルゴスの街のイメージが重なる。アルゴスの民衆が血の重みを担っているように、当時のパリの民衆はミュンヘン会談の罪過を背負っていたわけだ。蝿だらけのアルゴス。死体だらけのパリ。…こういう風に歴史的背景と文学作品を絡めて読むのって好きじゃないが、サルトルが当時の政治情勢をかなり意識してこの作品を書いたことは間違いない。どこぞのウェブサイトには文学によるレジスタンスとか書かれていたほどだし。

とにかく、サルトル独自のアレンジであり、いろいろ深読みできて面白い。ギリシア悲劇に民衆の罪責なんて視点を持ち込むなんて20世紀ならではだし。サルトルの思想を知っていればもっと面白いんだろうな。

加えて劇中で度々「自由」や「神」についての言説がなされるのも独特の脚色。神は個人の自由の前に無力であるとしてオレステスはジュピターの差し伸べる手を拒み、最後には驚くべき演説をぶち上げてアルゴスの街を去る。このクライマックスは圧巻だった。もし興味を持たれたら、ここは是非実際に読んで体験して欲しい。

ギリシア悲劇が好きな人は楽しく読めると思う。エレクトラの解釈とかも衝撃的。俺は圧倒的にアイスキュロスの原作の方に軍配を挙げるけど、それはサルトルが小さいからではなく、ギリシア悲劇が大き過ぎたからだ。サルトルの作品は、20世紀版のギリシア悲劇として十分な価値を持っている。…上演しようとは思わないけど。