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永井潔アトリエ館に行ってきた

本当はもっと早く行きたかったんだが、永井潔アトリエ館に行ってきた。永井潔とは昭和・平成に活躍した日本人の画家であり、演劇クラスタにとっては……と言うより、僕にとっては敬愛する劇作家・演出家、永井愛大先生の御尊父であらせられる。昨年オープンして愛さんからも「来てね」と言われていたんだが、ようやく行けた。

有楽町線・平和台駅から徒歩9分。閑静な住宅街の真ん中にあり、落ち着いて、ゆっくり、静かに絵を楽しめる空間であった。永井愛ファンにも大変オススメである。

あんまり嬉しかったので愛さんにメールを書いた。

愛さんへ

大変ご無沙汰しております。谷賢一です。
最近お会いしていませんがお元気でしょうか?

さて今日、ようやっと時間が取れたので、永井潔アトリエ館へ行ってきました。
遅くなってすみません。
以前お訪ねしたことのある元・二兎社事務所が様変わりしていて
びっくりするやら懐かしいやらでしたが、豊かな時間が過ごせました。

人物画をじっと見詰めていると、不思議なもので、
描かれている対象を通して御尊父自身のお顔や人柄を眺めているような、そんな感じが致しました。
書かれた文章の論理的な明晰さや、自画像、写真などから伝わってくる厳しさなんかは、
とっても愛さんに似ているなーと思って永井愛ファンとしても楽しめる場所でした。
カフェも近所の人々の憩いの場になっているようですね。
みかんジュースを一杯頂きながら、何故か『カズオ』を読み返したりしておりました。

きっと今頃は『ザ・空気2』の執筆や準備で大わらわの毎日を過ごされていることでしょう。
まさか『2』があるとは思いませんでしたが、『1』素晴らしかったので期待しています。
私も5月は毎日机に向かう執筆月間になるので、応援しております。

谷賢一

愛さんの戯曲は緻密だがユーモアに溢れていて、普通の主婦から学者の先生まで楽しめるようなレンジの広さを持っている。そういう戯曲を書くのは本当に知的な、そして粘り強い精神が必要になる。もちろん、ユーモアを生む温かい人柄も。愛さんの作品を観たり、話したりしていて、こんなに賢く、そして温かい文章と人柄は一体どうやって醸造されたのだろうといつも興味津々だったのだが、永井潔氏の絵画や文章に触れてみて、その謎の一端が垣間見えた気がした。

もちろん父と娘は別個の人間であり、まして愛さんと潔さんは全く異なるそれぞれの分野のトップアーティストでもあるのだから、何でもかんでも親の影響と言うのは浅はかなことである。でも、二人の作品を見比べて「なるほど、こういうとこ似てるな」と頬を緩めるくらいの図々しさは、ファンの楽しみとして許されてもいいだろう。

今回は『男たち─物語る顔』という企画展が催されていて、個人的には終戦前後に書かれた男たちの顔がとても印象に残った。館内に貼られた解説文に、永井潔氏が常に「人間一般ではなく実存」を描こうとしたと書かれていたが、その意味がよくわかった。それぞれの男たちの眉根に、瞳に、口元に浮かぶ表情には無限の想像を誘う繊細な描き分けがあり、(その内容の詳細まではもちろん読み取れないけれど)モデルの人生を襲った運命や抱いていた思想がそのまま滲み出ているようであった。表層ではなくその人物の実存、あるいは魂と言っても良かろうが、それを見ているような気がするし、愛さんのメールにも書いたことだが、永井潔という画家の思想や哲学と対峙しているように感じる瞬間もあった。

常設展にあった「母」という絵画の真っ直ぐな強い瞳もすごく印象深いな。あれなんかも自然主義的な模写という範疇を超えて、彼女の実存的本質をまるで立体物のように描き出しているではないか。

とても楽しい時間でした。

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